冬の籠。
 濡れて、乱れた長い黒髪が手指に、絡む。
 頭ごと抱えた膝が、ひどく震える。
 もう、なにも考えられなくなるほどに。
 いっそ、
 狂ってしまえば、楽になるのだ。
 なにもかも、この精神(こころ)さえも、壊してしまえば。
 息は荒く、鼓動も早鐘のようではないか。
 けれど、息を潜めて糸(いしき)を飛ばした。
 まだ、どこかでしぶとく期待を。
 嗤おうとして、できなかった。
 たぐり寄せたい糸は、容易く切れてしまうかと危ぶむほどに、細くか弱い。
 この、精神とおなじほどに、危うい。
 
 弱々しく薄い翅の、青白く細い脈。
 冷たい床に散らばる、剥がれ落ちた鱗粉。
 頼りない翅は、ほんのすこし力を加えるだけで、粉々に崩れてしまう。
 
 壊したくない、壊してしまいたい。
 切られたくない、切ってしまいたい。
 そう迷い願うことは、罪深い。
 誰もここに来てくれるな。
 呪われたこの名を、呼んでくれるな。
 この罪は、深くて暗い。
 お願いだから、ここに……
 来て。
 この名を呼んで。
 
 頼りない、糸。
 切れて、途絶えてしまう。
 矛盾する思い。
 切れて途絶えて、しまう。
 
 濡れて絡まる髪を、握りしめる。
 祈りはただ、凍えた息となり、暗く輝く青に溶けゆく。
 震える肩に、冷えた指先で触れた。
 耳の奥で、忌まわしい記憶が叫んでいる。
 
『陽の光に焼かれて、消えてしまえ』
 
 ああ、誰か。
 この息の根を止めて。
 
 この命の火を、消して。
 
 
 
 
  
 

 

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