「それで? 殺したの? もう一度、デボラを死なせた? 気分はどうだい、恋」
「……想像すれば? ぞくぞくするんだろう?」 「ふふ。そうだね、ぞくぞくするよ。ああ、きみはどんな顔して、ママを殺したんだろうね」 「とうに、死んでいる」 「ほんとうに、そんなふうに割り切れた?」 嘘はダメだよ、と笑うフレイザーは、その血に濡れた手になにかを持っているらしい。なんだ、とそれに気付いた恋が瞠目するあいだに、そのスイッチは押された。 とたんに、床が振動し始める。 「うわっ!」 アートの声にフレイザーから瞳を離してそちらを見やると、アートとボブの目のまえの床が一部、重く軋むような音を立てながら沈み込んでいった。 現れる、四角い闇。 さらに機械から生まれるものとは少し違う振動が、足を伝う。 なんだ、と四角い闇に視線を奪われつぶやく、そのわずかな隙に、ぶんっ、と耳もとでなにかが空気を切った。気付いた恋は『デボラ』を持つ腕で、とっさに振り下ろされた杖を払う。だが、 「くっ!」 予想外の重みに、骨に響くほど腕が痺れた。 アートが発砲し、弾かれて宙に飛んだ杖を砕く。 司教たちの慌てて立ち上がる気配に、 「動くな!」 ボブが短く吼え、引き金を引いた。 弾丸は司教たちが逃げ込もうとした扉の中央に撃ち込まれ、彼らはその場に凍り付く。 「くそ……っ」 腕の痛みに思わず落とした『デボラ』は、するり、と石の床を滑って四角い闇の中に吸い込まれていってしまった。 そして、 「な……っ?」 壊れたように笑い続けるネクロマンサー以外の、その場にいた者全てが、一度闇に消えふたたびせり上がってきた床の上に、視線を奪われ、声を失う。 『デボラ』とともに、最下層から上がってきたモノ。 それは、憎悪や恐怖。 そんなものの、寄せ集め。 まるで粘土でつくったパーツを不格好に押し付けてできたかのような、あちこちから腕と頭とが突き出た、おぞましい形。 それは、動く死骸の寄せ集め、だった。 「あはははっ! どう? びっくりした?」 ネクロマンサーは硝子ケースに這い寄り、ウタを盾にするかのように背後にまわる。 ソレは苦しげに、悲しげに、そして怒り狂うように、吼えた。 ざわり、と肌が粟立つ。 シャドウの吼え声よりもずっとおぞましくて、悲しい。 老人たちが悲鳴を上げた。顔色をなくし震え上がり、あまりのことに気を失うものもある。 「なんという……こと、を」 司教オズワルドが他の老人にしがみ付かれながらその場に座り込み、震え声で言った。 だが、ボブが左手で腰の銃を抜きながら、彼に冷えた声音を吐き付ける。 「おまえらがやっていることも、このネクロマンサーとそうたいして変わりはしない」 「なにを……」 「逃げるなよ。瞳も、逸らすな。あんたたちはここで魔術師や技師たちを騙して『黯い魚の歌』をつくらせ、挙句、フロストロイドにシャドウをばらまいた。無関係の人間をどれだけ死なせたか、知らないはずはないよな。これは……あんたたちが出した犠牲者たちだろう」 なにを言う、とうろたえた司教の言葉の途中を遮って、死骸の寄せ集めを見つめたまま、恋がボブの言葉を引き継いだ。 いくつもの死骸が折り重なり無理やりに押し固められた、禍々しい形のモノから逸らした濃い青の瞳を、司教へとまっすぐに向け、 「祓わせてもらうぜ」 そう言いながら、『ダレル』をゆっくりとした動作でホルスターに戻す。かわりに、左腰に吊るしたホルスターから、四十四口径の新しい銃を抜いた。 新たに銃口を向けられ喉に悲鳴を飲み込む司教から、しかし恋は素早く標的を変え、 硝子ケースに向かって、発砲する。 砕け散る硝子の破片の向こうで、もんどりうつネクロマンサーの黒マントが血に汚れた。 巨大な死骸の寄せ集めの陰になって硝子の破片を浴びずに済んだアートとボブが、それぞれ両手に構えた銃で立て続けに、破片をまともに浴びて暴れる寄せ集めの、その無数に突き出した頭に弾を撃ち込む。 そして、 ドン……ッ
ラボの外から強い衝撃を加えられたために壊れた重い扉が、床で大きく音を立てて跳ねた。
ついで、なだれ込んだ、赤目の黒い獣の群れ。 「シャドウっ!」 誰かが悲鳴を上げるが、その声をかき消すほどの勢いで、黒い群れはこちらには目もくれず、一斉に寄せ集めに飛び掛かった。 激しい唸り声と、何かを踏み拉き引き千切る音。 そして、あまりに悲しく醜い、悲鳴。 その音の元である、寄せ集めに殺到するシャドウの群れに弾き出されるようにして、アートとボブは恋のそばに寄った。 「右腕は」 だいじょうぶか、とボブに訊ねられて、うなずく。 「こ、こえ〜っ。俺様ちびっちゃいそうだぜ」 わざとらしく震えるアートに、ぐい、とさりげなく『デボラ』を押し付けられて、に、と笑った。あの状況でわざわざ拾い上げてくれるとは、頼りになる、と声には出さないままその瞳で告げる。 そして恋は、受け取った『デボラ』を右腰のホルスターに戻し、半分が吹き飛んだ硝子ケースにまっすぐに歩み寄った。 アートはシャドウでできた黒い山をその場で顔を歪めつつ眺め、ボブは気を失う寸前の司教に歩み寄る。 「……ウタ」 恋は、眠る『黯い魚の歌』に呼びかけた。 破片を浴びても、傷ひとつない白い顔。 銀色の双眸は未だ、閉じられたまま。 命の熱が感じられない、しかし、触れられることを拒絶する恐ろしい力を秘めた女神を模る人形のような。 不気味な美しさと怖ろしいほどの沈黙をまとって、最凶の破壊の書はそこに。 「いま、起こしてやるから」 緑の魔封じを取ってやるために破片を踏み付けつつ恋がウタのかたわらに立つと、床に伏した黒マントが動いた。 すい、とフードに隠れた額のあたりに無言で銃口を突き付けると、フレイザーは苦しい息でありながらも笑い声を吐き出す。 「……僕を、殺すの?」 に、と血に濡れて異様に赤いくちびるが笑い、そう訊いて寄越した。 「ママのつぎは、僕を殺すの? ねえ」 ……兄さん。
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