「って言うかこいつら銃持ってたじゃねーかっ! 銃とかナイフとか持ってねえって、おまえ言ってなかったか? 恋ちゃんのウソつき〜ぃっ」
「……たぶん、って言わなかった? 片付けたんだから文句言うなって」 肩から血を流してうめいている神官を銃のグリップで殴りつけつつ言って、ちら、と恋は軽い銃撃戦のあとを眺める。 四人の神官はそれぞれ肩や脚を撃たれて気を失っているが、こちらに怪我人はなし。 「さすが俺様と、その手下二人!」 「誰がいつ手下になった」 アートの言葉にくちびるを歪めたボブが扉に手をかけ、ぐ、とそれを引き開けた。 ギギギ……と重たげな音とともに、虚ろな闇が口を開く。 一転して真面目な顔のアートと恋は扉の向こう側にまず、一発ずつ威嚇で弾を撃ち込んだ。つぎに、さっ、と開いた左の扉からまだ閉まったままの右へと、床で一回転して移る。しかし、銃声を聞きつけたはずだというのに、相手が撃ち返して来る気配がない。 「あ? もしかしてまだ到着してないみたい? ここってそんなにだだっぴろいのかよ?」 「待て!」 首を傾げたアートが扉の陰から出ようとするところを、恋は声を上げて制止する。 「正面にいる。弾は当たった」 「ありゃ? 死んじゃった?」 曖昧に首を振ると、アートがもう一発弾を撃ち込んだ。 ビシャッ。 跳ね返ったものが蝋燭の明かりでぬらぬらと床の上で光り、アートが顔を強張らせる。 「……んだよ、コレ……う、わっ!」 ぐい、と扉の向こうからアートの喉を狙って伸びた腕を、恋は撃った。それが弾け跳んで、壁にぶち当たり床に落ちる。 「ぎゃあっ! と、とれたっ! う、腕っ!」 腐っているらしいそれを扉の向こうに蹴り返して、アートが悲鳴を上げた。 「なんだよコレっ!」 グシャ、と先ほどの腕が踏み付けられる音がして、おかしな影を持つ何者かがゆらりと外へ出てくる。同時に押し寄せてくるのが、濃い腐臭。 そして、見開かれて曇った瞳が、ゆっくりとこちらを見る。 恋は銃口を向けたまま、瞠目した。 両腕はなく、爛れた皮膚の下からは骨が覗いている。 その、肉の腐る臭いと虚ろで鋭い穴が、迫ってきた。 「頭を下げろ!」 ボブの声に、なに、と思うまえに身体が動いた。 直後、銃声と同時に先ほどまで目のまえにあった首が、吹き飛んで床を転がる。 頭を失いぐらりとこちらに傾いでくる身体を避け、恋は手を引かれてアートのそばに。 恋を噛みそこなってガチガチと悔しげに音を立てる汚い歯と、こぼれ落ちて恨めしそうにこちらを見る黄ばんだ目玉が、床の上。 「まだいるぞ。いいか、頭を狙え」 立て続けに引き金を引き扉の向こうに歩み出たボブに、慌てて恋は床に落ちた首から瞳を逸らす。しかし、つぎにボブが倒したモノのうちのひとつを見て、恋はふたたび瞳を瞠った。 頭を撃たれて動かなくなったモノ。そのそばに、アートが止めるのもかまわずに無言で寄り、襤褸(ぼろ)をめくってなかを見た。そして、 「……これがっ……墓のない理由かよ!」 ぐ、と銃のグリップをきつく握り締め、怒りに震える声をくちびるから押し出した。 「恋、どうしたっ?」 すぐそばで援護しながらアートが訊く。 「…………死体を、操っているやつがいる」 「し、死体っ?」 ああ、と低く答えて、恋は襤褸から手を離した。 幽霊銀行(ゴーストバンク)まえで見付けた、遺骸。 その襤褸の中身は、恋が教会に運んだ男だった。 「……ネクロマンサーだな」 視界に入る分の死体の頭を吹き飛ばしたボブが、慣れた手付きでシリンダーに弾を繰り入れながら言う。 「なんだって?……うわぁ、中身はみ出してるし。ゆ、夢に見そうだぜ」 「ネクロマンサー。死体を操る術者のことだ」 「っだぁ〜っ、マジュツシだとかなんだとか、頭おかしくなりそうだぜ。おい恋、やめろよ! 触るなって! 呪われちまうぜ!」 女だと思われる死者の顔をつぎつぎに見てまわっていると、腕をアートに強く引かれた。 「なにやってんだよっ!」 「……ローズが、いるかも知れない」 しかし、ぐ、と左肩にボブの手が置かれる。 「恋。お嬢ちゃんは教会に運ばれていたとしても、ここには来ないだろう。教会に逆らった者は……火炙りにされる。死体でも、な。だが、これなら燃やされてしまう方がいい」 だから安心しろ、と教えられて恋はうなずいた。しかし、胸のなかに生まれた怒りは静かに、金と赤に燃え盛る炎のなかに強く刻まれる。 瞳を閉じると、黒い獣の咆哮が身体の奥底から聞こえてくるようだった。 ぐ、となにもかもを引き裂いてしまいたいと暴れそうになる怒りを押さえ付けるように、『デボラ』を胸に引き寄せて乱れた呼吸を整えていると、 「……どうしたんだよ?」 アートがどこか不安げに顔を強張らせ声をかけてきた。それに、 「なんでもない。だいじょうぶだ」 と、恋は無理に微笑してみせる。 そして、左右に分かれている、薄暗い廊下の先を睨み据え、 「そのネクロマンサーってやつをぶっ飛ばせば、動く死体は動かない死体に戻るのか?」 「ああ。おそらく」 「そう。だったら、容赦はしない」 弾を補充しつつ抑揚なく言うと、おまえっていつも容赦とかしてたっけ? とアートが口を挟んだが、それには、に、とくちびるを歪めるだけで言葉は返さなかった。そして、 「おまえたちは右に行け。俺は左に行く」 ボブが言って銃を構えつつ歩き去ろうとするのを、ちょっと待って、と恋は止めた。 「あんたはアートと一緒に行ってくれる? 俺は……うしろのやつと行く」 わずかに首を傾けて自分のうしろを示すと、振り返ったアートとボブが息を飲んだ。 撃つなよ、とふたりを止めておいて、足を叩いて呼び付ける。 黒い毛皮に赤い瞳が禍々しい、獣。
二匹の牙鋭いシャドウが脇を通り抜けたために、ドン、とアートが壁に張り付いた。
「な、なにコイツら」 「なに、って……シャドウ」 「見りゃわかるっつーのっ!」 恋を怒鳴ったアートにむかって牙を剥き出し威嚇したシャドウに、 「このふたりの匂いはよく覚えてくれ。絶対に、襲うな。俺の仲間だから。つまり、おまえらの仲間。オーケー?」 恋が言うと、シャドウは静かにうなずく。 「いつの間に……って言うか、どうやって手なずけたんだよ?」 「…………強いて言うなら、ビボウで」 にこりともしないで言うと、アートが頬を引きつらせて口を閉じた。 「まだあとから来るのか? だったら、おまえはあとから来るやつらを待って、アートとボブのことは襲わないようにしっかり伝えてくれ。ほかの生きている人間も、腹が減っても殺すな。それから動く死体は頭を潰してやれ。わかった?」 頭のうしろに鋭い突起のあるシャドウに言い付けると、上下に頭を振ったその身体の小さいシャドウは跳ねるようにして扉の外に戻る。そしてふと止まって、気を失っている見張りたちを真紅の瞳で眺めながら首を傾げた。 「それも食べちゃダメ。階段の上で待て。上で寝ているふたりも……まだ食べていないなら、食べるなよ。もしおまえが危なくなったら、うまく逃げろ。覚えた?」 頭の傾きが深くなった。 「アートとボブは仲間。生きている人間は絶対に襲うな。動く死体は頭を潰せ。自分の身が危ない時は、逃げる」 もう一度教えると、小さいシャドウはこくこくと小刻みにうなずく。そしてあっという間に階を駆け上がって、見えなくなった。 |