「ある意味、あいつも喋る兵器だから」
細い路地に置かれた酷い臭いのするごみ箱の陰に身を潜めていると、ウタがアートの心配をしたので、そう言って恋は肩をすくめてみせる。 「相手が逃げ出すくらいどうでもいいことを喋りまくって、うまく誤魔化してくれると思う。それでもヤバくなった時は、俺の教えてやったところに逃げ込むだろうから、だいじょうぶ」 それよりもこっちの方が心配だ、と低い唸り声をかすかに聞いた恋は顔を強張らせた。 「おまえ、シャドウを探知できるか?」 「範囲を絞り込むなら、数もわかるわ」 「そうか。それじゃ、とりあえず……この銃の射程距離内にいる数を教えてくれ」 腰のホルスターから『デボラ』を抜いて見せ、射程距離を教えると、ウタは少し首を傾げる。ややあって、 「いるわ。いつつの反応がある」 「やっぱりな。で、あっちはおまえの居場所を、嗅覚と聴覚以外で探知できない?」 「できないわ」 「だったら、臭いがきついのは我慢してここでおとなしくしていろ。片付けてくる」 そう言ってゴミ箱の陰から飛び出そうとすると、不意にウタに腕を掴まれた。 「わたしたちには気付いていないわ」 静かに、と言われて引き戻された直後、右と左の廃ビルの間を黒い影が風のように通り過ぎていくさまを、腐臭を漂わせる四角い箱の向こうに見る。 昼だというのに薄暗いなかで、なにかを見つけて光る瞳が一直線に真紅の残像を残して駆け抜けていった。それが、五対。 直後、男の悲鳴が上がる。 ふたたび飛び出そうとすると、さきほどよりもさらに強い力で引き戻された。 「ウタ、離せ……っ!」 ウタを振り返る耳に、銃声の響きを聞く。 「絶対に離れるな、って恋が言ったのよ。それに、急ぐんでしょう? 急がないとだめよ。なまえも知らない人間のことをかまっている時間はないのよ。夜が来たら、帰れなくなるわ」 「……どういう、意味だよ」 その言いようにふと不吉な匂いを感じて、無機質に光る銀の双眸を、まっすぐに見つめた。すると、ウタがふわりと微笑む。 「夜になったら、シャドウは活発になるわ。襲われたら大変じゃない。そういう意味よ」 「……だから、さっきの男は見殺しにしろ?」 ぐ、と恋は自分の腕を掴む細い腕を掴み返した。そのまま力任せに引き剥がすが、それでも懲りずに腕はふたたび伸びてくる。その腕を押さえ付けて、 「ふざけんなよ。俺はシャドウブレイカーだ」 脅しつけるかのような強さでウタを睨み、そして銃を手に、コートの裾を翻した。 ウタを残して路地を飛び出し唸り声と銃声が上がった方へと駆けて行くと、そう離れていない別の路地から血まみれの男が飛び出してきて、危うくぶつかりそうになる。 やはり、追っ手の一人だ。 男は恋の顔を見るなり、右腕を上げる。 「っ!」 とっさに向けられた銃口を避けて右に跳ぶと、左頬のあたりが焼け付くように傷んだ。 地面を転がり、素早く銃を構えつつ起き上がって狙いをつけると、突然発砲してきた男は、はっ、と背後を振り返り怯えに顔を凍りつかせると、そのまま背を向けて逃げ出してしまう。 すると、ざっ、と路地から飛び出した黒い影が、背を向けて駆ける男に飛び掛った。そして、その首の根に噛みつき、顎の力だけで地面に引き倒してしまう。 男の銃に残った弾が、長細く切り取られた灰色の空を、空しく撃ち抜いた。 くそっ、と吐き捨て、恋は男の上に乗りかかるシャドウの腹のあたりに一発、弾を撃ち込んだ。続いて路地から飛び出したシャドウの頭にも、一発。しかし、飛び散る血飛沫が視界を遮ったために、そのすぐうしろにいたシャドウの確認が、わずかに遅れた。 濃い血の匂いと共に黄ばんだ鋭い牙が、押し寄せる。 二匹目めがけて引き金を引くと同時に、最初に頭を吹き飛ばしたシャドウが飛び掛ったままの勢いでこちらになだれてきた。避けようとした拍子に、しかしなにかにつまづいてしまい、恋は背後の壁でしたたかに背を打ち呼吸を失う。そして間をおかずに、つぎの衝撃が来た。 「ぐ……はっ」 二匹のシャドウの死骸に挟まれる形で路地に座り込むように崩れた恋は、頭から大量のシャドウの血を被ってしまう。その時、 ぞくり、と途端に背の傷が引きつるように、疼いた。 その痛みと噎せ返るような血の匂いとに耐えながら、黒い獣毛の下から無理に右腕を引き抜き、正面からゆっくりと現れた、前足の太い四匹目に銃口を向ける。 そのすぐかたわらに、頭のうしろに突起を持った五匹目が飛び出した。さらに悪いことに、仕留めたはずのシャドウが男の上から起き上がり、こちらに向かって耳まで裂けた凶悪な口を大きく開ける。 |