「教会がらみでヤバくなったら、ブラックヒルのガンスミスだな」
「ああ」 「でかいシャドウには近付くな。そいつに襲われた時は、頭を狙って確実に仕留める」 「そう。それから、この秘密のデートのことは、絶対にほかには漏らさないでくれ」 「わかった。教会の方は、まあ、うまいこと言ってごまかしといてやる。けど、面倒くせえからバレねえうちに、さっさと戻れよ」 しかしそういいつつも、灰色の空に煙を不機嫌そうに吐き出したアートは、やはりウタを胡散臭そうに見て、 「ホント、おまえの趣味ってわかんねえ」 そのつぶやきに、恋は肩をすくめて見せる。 「そう? でも俺、こいつはちょっと……ヤル気失せる」 「まあ、確かに腰が引けちゃうくらいの美人ちゃんだけどもぉ。んでも、おまえって壊れたやつ、好きじゃなかった? メリッサとか」 「あれは石だろ。こいつと物を一緒にするなって」 しかしその石が動いていたことをふと思い出した恋が、思わず頭を抱えそうになった時、じっと黙ってこちらを見つめていたウタが口をはさんだ。 「恋の趣味って、ガラクタ収集だったの?」 「……は?」 「そうだったの……どうりで硝子の破片とかななめになった棚とか、お家にいっぱいあったがらくたを片付けたら怒ったのね」 「ありゃ。片付けられちゃったのか〜。よしよし、恋! くじけるな! 泣きたいならお兄様のひろーいこの胸でお泣き!」 銜え煙草のアートに金色の髪をかきまぜられながら、ふと恋は銀行の隣のビルを見上げる。誰かに見られているような気がしたのだ。だが、 「でも、恋には弟さんだけじゃなくて、お兄さんもいたのね。仲が良くて羨ましいわ」 「仲良くない!」 ウタの勘違いに、恋はアートと声を合わせて否定した。 「え? でもさっき、手をつないで行った、って言っていたじゃない」 「ああ、そうそう思い出した! つないだつないだ! 俺たち仲良し兄弟で有名だった!」 「つないでないだろうが。ウタ、信じるなよ。こいつの身体は嘘できているんだからな」 「ははは〜ん、それこそ嘘だ! 俺様ほど誠実な男は、このフロストロイドのどこを探してもほかにいやしないぜ!」 「……一回死んでこい」 「なんだよ、それもおそろいにして欲しいのか? もうっ、甘えん坊だな恋ちゃんは〜」 「いま死ぬか? その息の根、しっかり止めてやるぜ。そのあとで土のなかに埋めてやる」 「仲、悪いのかしら? よくわからないわ」 四十四口径の新しい銃を抜こうとした恋の左手を押さえ付けながら、さあどうかなぁ、とアートがへらへらと煙を吐きながら笑って見せ、それから一歩うしろに跳んだ。 「んじゃあ、まあ、気を付けろや。上に三人、きのうの晩からお泊りしてるやつらが、たまぁにこっちに色目つかってやがるけど」 片付けるならおひとりでどうぞ、と声を落として言ったアートがウインクする。そして言うだけ言うと、アートは調子の外れた歌を歌いながら、さっさと歩き去ってしまった。 「……それで、か」 教えられて、アートがこちらの住処に寄らなかったことに納得し、それでは先ほどの視線はやはり見張りか、と恋は軽く舌打ちする。 三人、と聞き、よくよく注意して視線を向けないままあたりの気配を窺うと、確かに鋭さを隠そうとはするもののそれでも張りつめた気配がみっつ、確かにあった。 「どうしたの、恋?」 「ああ、なんでもない」 そのうちのひとつが、アートを追って消える。恋やアートほどとは言えないが、教会に雇われた男たちもなかなかの腕のようだ。 「まあ、それくらいのやつを寄越してくれないと、こっちもやる気が出ないけど」 に、とくちびるを歪めると、恋は首を傾げているウタの腕を引き銀行裏にまわった。 あれだけ長く喋っているこちらを黙って見ているようなやつらなら、わざわざ銃を抜いて相手をすることもない。あのビルの上からではこちらの尾行をするにもいったん下に下りる必要がある。そのあいだにさっさと撒いてしまおう、と裏にひろがる広大な瓦礫の山を登った。そしてビルの窓から見えないあたりでウタに頭を下げさせ、自分も身を低くしながら陰になる部分を進む。 「ねえ、恋。足が疲れちゃったわ」 しばらく行くと、ウタが文句を言った。 「黙って歩けよ。見つかるだろう」 「誰か追いかけてきてるの? 誰?」 「教会の手先。わかったら、口閉じろ」 教会、と聞き慌てて口を閉じてうなずくウタに手を貸して、いまにも崩れてしまいそうなコンクリートを飛び越え、すぐに鉄の塊がつくる陰に入り、周囲にシャドウと追っ手の気配がないことを確認しつつ、ふたたび歩きにくいあたりをわざと歩き出す。 離れた場所で瓦礫が崩れる音がして、追っ手との距離を少しはかせいだことを覚った恋は、もう少しで瓦礫の山から抜け出せるというあたりで足を止めた。 ウタを抱えるようにして斜めになったコンクリートから下ろすと、その下の狭いスペースに彼女を押し込み、自分もそこに身体を横に滑り込ませる。 恋、とくぐもった声がコートの背でしたが、しっ、と短く言ってウタを黙らせた。 深く息を吸い、ゆっくりと静かに吐く。 これでウタさえ動かなければ、こちらの気配は相手には伝わらないだろう。 しばらくそうしていると、やがてそれほど離れていないあたりにひとり分の足音を聞いた。 ウタはこちらのコートに顔を押しつけているらしく、く、と息をつめるのが伝わる。 もうひとつの足音が、近付いてきた。 「おい、どこに行きやがった?」 耳をすましていると、あとから来た方が声を潜めて言うのが聞こえてくる。 「わからん。見失った」 年上らしい男が悔しそうに、あとから来た方の男に言った。 「おまえは戻って報告しろ。ここからさらに北に行くとしたなら、アシッドウォールかゴーストガーデンだろう」 「おい、いくら腕利きのシャドウブレイカーだからっつっても、ゴーストガーデンはないだろうよ。あんな、シャドウの巣みたいな気色の悪いところ、俺だったらパスだぜ」 「俺だってごめんだ。とにかく、俺はもう少しこのあたりを捜す。それからアシッドウォールに向かってみる」 ザッ、とふたつの足音が通り過ぎる。だが恋は、しばらくそのままの状態でコンクリートに耳をつけて黙っていた。 「ウタ、まだ頭を出すなよ」 そう言いつつ先に外に滑るように出て、周囲のようすを探る。ずっと離れた左と右とにこちらに背を向けている男たちの姿を確認し、ウタに向かって左手を差し出した。 「オーケー。行くぞ」 恋の手をとって隙間から這い出してきたウタは、外に出るなり大きく息を吸い込む。 「死んじゃうかと思った」 思わずそう言ったウタに微笑みつつ軽く肩をすくめて、ずれたフードを被せ直してやった。そしてまた手を取り、素早くその場から飛び出して新たな影に隠れる。 灰色の空の天辺が白くなっていた。 年中薄い雲に包まれていて陽光が充分に届くことなどほとんどない、冷たく陰鬱なフロストロイドの昼だ。 このままだと、ゴーストガーデンから帰って来られるのは夕方過ぎになってしまう。 ただでさえ向かっているのは、シャドウの塒(ねぐら)、と言われているところ。 「急ぐぞ」 追っ手からは充分距離がある。ここからは走ってしまった方が良い。そう判断した恋は、ざ、と立ち上がりウタを抱えてコンクリートから地面に飛び降りた。 あっ、とこちらを見つけた男が叫ぶのを背中で小さく聞くが、振り向きはしない。 フードがずれてこぼれたウタの銀色の髪がなびく。だがそれも直さずに、そのまま虚ろな闇をつくる迷路の入り口のような路地に、飛び込んだ。 そのころのアートだ。 銀行よりも少し先にある教会で、常に微笑んでいるかのような容貌の白い法服に身を包んだ司祭相手に、アートは得意の嘘を盛大に披露している最中。 「もういまにもそのへんに吐きそうなくらいふらふらしてるくせに、あいつ自身はいつも通りの顔してると思い込んでやがるわけよ。で、なんかあっちこっちの女から一気に誘われてて、それなのに、『一度誘いを受けたからには断れない』とかなんとかスカした顔で言って! あ、いまの似てた? そう言って、ノコノコ出かけて行きやがるんだぜ! だから今日は祓いは休みなんだとさ、ふっざけてんだろ! なあ、そう思わねえっ? 仕事に痴情をはさむなっつの! え? なに、痴情じゃなくて私情? そんなもんどっちだって一緒だろ! って言うかむしろ合ってるし! それで、さっきもすんげえ美女連れて、これからいやらしい店でイイコトするんだってさ! あんっなこととかそぉんなこととか、色々しちゃうんだってよ! なっ? ずっるいだろ、うらやましいだろっ? これじゃあ恋のやつ、しばらくは足腰立たないね絶対! って、あはっ、悪い悪い! あんたらとは無縁のネタだった!」 言いたい放題の上に止まらない、品のないアートの話に徐々に体力と気力を奪われてしまったのか、しばらくすると司祭は弱々しく微笑んだ顔のまま、うしろに倒れ込んでしまう。 鈍い音がして、頭を打ったらしい司祭はそのまま、あっさりと気を失ってしまった。 「って、ありゃ? おい、なんで倒れるんだよ? ったく、だらしねえな。一気に喋りまくった俺様の方が酸欠で倒れるってならわかるのに! あー、誰かぁ? 誰かいるなら出てきてー。司祭さんが倒れてますよー。た〜す〜け〜てあ〜げ〜て〜」 |