濃い青色の瞳でまっすぐ貫くように、相手の瞳を見据えて言う。
「キアラン・シンクレアの居場所を、知っているなら教えてもらいたい」
 に、とくちびるだけを笑ませると、相手のくちびるから深々と溜息が漏れた。
「やはり……キアランのことか」
 知っているのか、と確信に笑みを深めると、うなずきが返される。
「キアラン・シンクレアがいる場所まで依頼人を連れて行く、というのが今回の仕事だ。その魔術師はまだ、生きているよな?」
「ああ、生きている。だが……変わり者だ」
「あんたがそう言うのなら、相当の変わり者なんだろうな」
「どれほどに変わり者なのかは、じかに会って確かめるんだな。やつは……ゴーストガーデンの時計塔、その十二時方向にある地底の塔にいる。他言はするな。やつに呪い殺されるぞ」
「ずいぶんと物騒だな」
「あともつけられるなよ」
 オーケー、とうなずいて立ち上がった恋は、四十四口径の銃のためのホルスターを投げて寄越されて肩をすくめる。その新しいホルスターをベルトに通し、腰の左うしろに下げると、ずし、と重くなった。
「せいぜいその細腰が折れてしまわない程度に、うまく立ち回るんだな」
「慣れない重みのせいでうまく動けずにシャドウに食われたら、夜な夜な化けて出てやるから覚えておけよ、おっさん」
 恋がベッドの脚を蹴りつけ睨むと、ふと、
「おまえの依頼人だが。名はなんだ」
 と、真面目な声音で訊ねられる。
「訊いてどうする」
「さあ、どうしようか」
「なまえは、ウタ。見た目は綺麗だが中身が空っぽの女で、正体は不明。銀色の髪に、銀色の瞳をしている。たぶん魔術師かなにか」
 ウタ、と聞いて、ライトグリーンの瞳が、す、と細くなったのを恋は見逃さなかった。知り合いか、とすかさず訊くが、知らない女だな、と即座に首を振られる。そして、
「早死にしそうだな、おまえは」
「なに」
「おなじマンホールから這い上がっていても、アートはおまえよりもずっと狡賢く巧く生きていく力を持っている。少しはやつを見習え。いくら銃の腕が上等でも、その性格ではそう長くは生きられない」
 いきなりなんの話だ、と顔をしかめた。だが、確かにそうかも知れない、とも思う。
 銃とナイフの扱い方も覚えも、アートよりも恋の方が数段上だった。けれど、残飯やら使えそうなゴミやらをかき集めて来る量は、いつだってアートの方が多くて悔しい思いをした。逸早くシャドウブレイカーという仕事を始めてマンホールから飛び出したのも、彼が先だ。
 ふ、と笑いつつ肩をすくめてみせると、
「いいか。その女にはこれ以上深く関わるなよ。恋」
 そんな忠告を寄越された。だがそれなのに、恋、とその名のもとの持ち主から初めて呼ばれて、思いがけず頬が緩んでしまう。
「おい、わかっているのか?」
 眉をひそめて言われて、ああ、と応えた。
「わかっている。それと。あんたともあまり関わらないようにしよう。顔を見るたびに高い買い物をさせられそうだ。それに……あんたを追っていたのは教会だったんだろう? どうせ、いまも追われているんだろうからな」
「俺は魔術師ではないぞ。ただの、恥ずかしがり屋のガンスミスだ」
「恥ずかしがり屋、か。それならなぜ追われている? 白状しろよ、そのくらい」
「……キアランを手伝った。それだけしか言えないな。おまえが知る必要も、ない」
 ふうん、と言って恋は扉を、ぐい、と押す。しかしそこで、ふと思い出し、
「そういえば、いまは?」
 なんて呼べば良い? と肩越しに振り返って訊くと、ベッドに腰掛けたままの男は、に、と笑った。
「ボブおじさん、とでも呼べ」
「は。似合わないな、それも。だがもらってやらないからな、今度は」
「それはどうも。ああ、お客さん。忘れ物だ」
 放って寄越されたのは新しい銃の弾。
「そいつはタダだ。今後ともご贔屓に」
 そのガンスミスの言葉に、肩をすくめつつ片方の眉をちょっと上げて挨拶をした恋は、店でおろおろと待っていたローズに、待たせたな、とにっこり微笑んでやる。
「だいじょうぶ? ひどいことされなかった?」
「ああ、だいじょうぶだ。恥ずかしがり屋のボブおじさんはどうやら、大事なお客のローズを俺が銃で脅したんじゃないかと勘違いをしたらしい。話をしたらわかってもらえたよ」
「そう、良かった。それで、キアラン・シンクレアの居場所は?」
「ああ、聞けた。ありがとう、ローズ。だが、このことは内緒にしておいてくれ」
 わかったわ、とうなずくローズを連れて瓦礫が埋もれた地上に戻ると、偶然、縄張りを見回る途中らしいアートと鉢合わせてしまった。
 こちらの顔を見るなり、アートは左手で抜いた銃を突きつけて寄越す。
「どうも、お兄様」
 にこ、と笑いかけると、不機嫌な顔のままアートは舌打ちをし、銃をホルスターに戻した。
「話だけっつったろうが。それがなんで俺様の縄張りうろついてんだよ。これがおまえじゃなかったら容赦なく撃ってるぜ」
「撃ってきてもいいけど、当たってやる気は全然ない。撃ったら撃ち返す」
「だから撃たなかったんだろうが。ありがたく思えよ。お互い、弾の無駄遣いにならなくてすむだろ。んで? ここでなにやってんだ? 教えろ」
「腕の良いガンスミスを知ってる、ってローズから聞いたんだよ。ほらそこの、注意してないと気付かないで通り過ぎてしまいそうな細い階段。そこ下りると、恥ずかしがり屋のボブおじさんの店。いまからでも行ってみれば。びっくりするくらい腕がいいから」
「へえ。そりゃあ、気付かなかったな」
 わざわざ階(きざはし)を覗き込んだアートが背を向けているうちにさっさと立ち去ろうとしていた恋だったが、おいコラ、とやはり止められる。肩越しに振り返ると、しかめっ面のアートが追いついてきた。
「これからどうするんだよ?」
「ローズを店に送ってくる。以上。それだけ。それで、本日のお仕事は終わりですとも」
 もちろん、とわざとらしくうなずくと、うむ、とアートのほうも大仰にうなずいてみせる。そのあとでアートは、フェイクファーに包まれたローズの肩に馴れ馴れしく腕をまわし、
「なあ、かわいいお姫様。店までは俺が送ってあげちゃおうか? その方が安全だぞぅ」
「余計に危ないだろうが」
 ちら、と恋はにやけるアートを軽く睨むが、しかし、決して口には出して言わないが実は頼りにしている幼馴染みの存在に緊張が緩んだか、堪えきれず欠伸が出てしまう。それを目敏く見つけたアートが、困った顔のローズの耳に顔を寄せ、わざとこちらに聞こえるように、
「やつはやめときなよ。顔と銃の腕はいいけど、ほかはからっきしだから。わけわかんねえところで妙に潔癖ぶってやがるし、それにな、ヤッてる時なんかほぼ寝てるんだぜ! たまぁに起きてても、頭んなかはシャドウとママのことばっか考えてやがるんだ」
「……見たようなことを言うなよ」
「見た見た見た! 俺様は見た!」
「…………見てないだろうが」
 しかし文句を言いつつもどんどん目蓋が重くなってくるあたり、まるで嘘、というわけでもないのかも知れない、とぼんやり思う。ここしばらくまともに眠っていないせいか、身体もだるい気がする。
 思わず目をこすったこちらを見て、にやり、と悪戯っ子のように笑ったアートは、真っ赤になってうつむいているローズになおも吹き込む。
「こいつ、一日八時間以上ぐーすか寝ないと使い物にならないお子ちゃまだからさ、逆にいまがいっちばん凶暴なんだ! 使い物にならないくせに機嫌悪いからもう、誰彼かまわず! 所かまわず! 襲いかかってくるんだ!」
「あー。もう、好きに言ってろよ」
「だからね、俺が送っていった方が絶対いいんだって! わかってもらえた?」
 にこり、ととどめに爽やかに笑って、アートはローズを勢いでうなずかせた。そして、
「おまえはちゃんと帰ってしっかり寝ろ」
 くるり、とこちらを見て口を動かさずに低く、そしてすばやくそう言ってくれる。
「……ローズ」
 眠たげな瞳で見て名を呼ぶと、かわいらしいダンサーはびっくりして上ずった返事をした。
「まあ、そういうわけだから……店にはアートに送ってもらってくれる? 礼は今度、ちゃんと起きてる時に支払うから。新しいコートでいい? 少し、血が跳ねたみたい」
「え? あ、ほんとう。でも、これくらいなら水で洗えば落ちるから、気にしないで?」
「恋。おまえ、口調がガキ時代に戻ってるぜ? やっぱりだめじゃねえか、寝なきゃ」
「ん……そう?」
 それは、眠りが足りない上に、いまは恥ずかしがり屋のガンスミスだという懐かしい顔に会ったことも原因だろう。はやく大人になりたくて、彼の口調も真似たから。
「だいじょうぶかしら。こんな状態のレンをひとりで……危ないわ」
「誰もこいつに会わなきゃいいんだけどな」
「そうじゃなくて……シャドウや悪い人に襲われたら、大変だわ。顔色も、悪いみたいだし」
「ああ、それは問題ないない。こいつ危ないこと大好きだから、牙とか銃とか突きつけられると余計に燃えちゃうんだぜ。おい、恋! さっきの借りはこれでチャラだからな。ほら、おまえのガードもしてやったろ?」
「……それ、高くない?」
「ふふん。俺様のガード料は高いのだ」
 ずるいな、とそれには肩をすくめてみせるが、しかし、こういうところを見習うべきなんだろうな、と細い肩を抱きつつ先を歩き出したアートの背に向かって苦笑した。
 それにしても、とふと思い出した恋は、欠伸を噛み殺す。
 シャドウはあれで諦めるのだろうか。新手を寄越していなければいいのだが。
 メリッサはもとのように、ただの石像として階に横たわっているだろうか。喋り出したりしなければいいのだが。
 ウタは、おとなしくしているだろうか。あれ以上余計なことをしていなければいいのだが。
 部屋を散らかしていないだろうか。
 そういえば、朝食中ではなかっただろうか。
 考えれば考えるほど押し寄せてくる、不安。
「……あー。くそっ。悪い、あと頼む!」
 突然駆け出し、先を歩いていたふたりを追い抜いた。そのまま瞳をまるくするふたりを置き去りにして路地を曲がり、ついでにちょっかいをかけようとした男の顔を遠慮容赦なく銃のグリップで殴りつけつつ、走り抜ける。
 コーヒー。まさか、こぼしてないだろうな。
 そう思うと、のんびり歩いてなどいられなかった。
  

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