思わず勢い良く立ち上がると、電球に頭をぶつけてしまった。
オレンジの光はゆらゆらと揺れて、描く濃い影を不気味な生き物のように動かす。 「あいかわらず、うるさいガキだ」 恋に指を差された髭面の男は面白そうにくちびるを歪めて言いつつ、銃を肩に掛けたホルスターに慣れた手付きでしまう。 「あんたはあいかわらず……性格悪いな」 悔し紛れに前髪をくしゃくしゃとかき混ぜつつそう言ってやると、男は喉の奥で笑った。 「とっくに誰かに殺されたと思っていたぜ」 「おまえがシャドウブレイカーになったという話は聞いていたぞ、クソガキ」 もうガキじゃねえ、と膝を蹴りつけると、遠慮と容赦を知らない男は、ぐい、と手を伸ばしてくる。無言でその手を払いのけ、恋は溜息混じりで椅子に戻った。 「背が、伸びたな」 ふと口調を和らげた男に、恋も態度を和らげて肩をすくめる。 「まだ、フロストロイドにいたんだ。あいかわらず、汚い格好だね。髭くらい剃れば?」 「余計なお世話だ。それとも、俺が消えて寂しかったのか? おまえはまだ、夜泣きを?」 「夜泣きなんかするかよ。それに、あんたが突然出ていった時も少しも寂しくなんてなかったし。マンホールが広くなって、アートとふたりしてミネラルウォーターで乾杯したくらい」 「強がりだな。それにしても、見違えたぞ。マンホールから、元が美術館だというところに住処を移したせいか?」 「……へえ。詳しいね。そんなに俺のことが心配なら、顔見せれば良かったんじゃない? 薄いコーヒーぐらい出してやったかもよ」 ちら、と男は恋の左腿のホルスターに収められた二本のナイフを見、それから揺れるオレンジの光を映す濃い青色の瞳を見て、 「泥だらけの痩せて頼りなかったガキが、ずいぶん色っぽくなったものだな。恋、という名がよく合う」 その名をおまえにやって正解だった、と以前マンホールの下で泥だらけの膝を抱えて震えていた子どもたちに、恋・ローウェルだ、と名乗った男は、昔と同じ顔で笑った。 「それで? 今度は俺にナイフと銃の扱い方ではなく、魔術を教えろと言うのか?」 「魔術と言うよりは、魔術師のことが知りたいんだけど。教えてくれる? タダで」 「タダ、か」 「それが駄目なら、恥ずかしがり屋のガンスミスの新しいお得意さんになってやるよ。近いうちにローズは引っ越すらしいから」 もちろん教会には言わない、と付け足すと、もともと恋・ローウェルと名乗っていた男はくちびるを歪める。 「いまおまえが贔屓にしているガンスミスは、これでおまえに振られるわけか」 「そういうこと」 にこり、と恋は愛想良く笑ってやった。 「相性良くないんだよね、いまのところ」 「は。そうか。だが、それだけでは足りない」 だが、がめつさでは師匠の方が勝るようで、ぽん、とベッドの脇に置いてあった銃を投げて寄越される。受け取ると、ずしり、と重く手のなかに沈んだ。そして、 「買え」 「ちょっと……いらないって、こんな重い銃! 俺の腕がやられるだろ!」 「四十四口径。いまのところ、最強の銃だ」 「いらない。重過ぎるし、大き過ぎる」 「シャドウを一撃で仕留められる」 「いまでも充分一撃で仕留めてるよ。それに。あんたのことだから、なんか売りつけたい理由があるんだろ? なんだよ?」 にやり、と意地悪く笑まれて、やっぱり、と溜息をつく恋だ。 「おまえが言った通りだ。重過ぎで大き過ぎ、威力があり過ぎる。その上、数百発打ち続けると、シリンダーにクラックが入る」 「いりません」 先に腕の骨にクラック入ったらどうしてくれんの、と正面から睨み付けると、 「腕に自信がないのか。情けないガキだ」 「……それを売りつけようとしているあんたは、だったら、使いこなせるのかよ」 「もちろんだ。だが、俺の腕は繊細でな」 「なにソレ」 「買わないなら、話はなしだ」 そう言われて、恋は嫌そうに顔を歪める。 「向こうで待っている可愛いお嬢さんに、あの話をしても良い」 「…………ムカつく。しかも、あの話っていうのがどの話だか、あり過ぎてわかんない」 舌打ちをして、ちなみにいくら、と訊いた。 「赤い目玉が三十対といったところだな」 予想より高い答えに、こんなことならアートに目玉を譲ってやるんじゃなかった、といまさらながらに後悔をして、恋は痛む頭を抱える。 「貯蓄はないのか? やつらの赤目は腐らないだろう」 「なに。あんた、目玉自体が欲しいのかよ。教会に自分で持ち込むつもり?」 「それを訊くなら、交渉は成立したと思っていいな。そうでないなら、話さない」 恋がしぶしぶうなずくと、ライトグリーンの瞳がゆっくりと細められた。気配が刃物のように鋭くなり、顔を隠す髭のせいで中年のように見えていた男は危険な雰囲気を孕むと同時に、どこか若返るようにも見える。 それが子どもの時から不思議だった。本物なのか、とぎゅうぎゅう髭を引っ張ったことがあるくらいだ。 その髭から覗くくちびるが、不敵に歪み、 「教会になど渡すものか。そもそもおまえは、なぜ目玉なのか、知らないだろう?」 「どういう意味? 俺たちは別に、金さえくれるなら黙って依頼されたことをするだけだからな。目玉だと言われたら目玉を差し出すし、耳だと言われたら耳を差し出すだけ」 「……まあ、いい。俺が話すことではない」 「あんたも教会嫌いなんだね」 なんとなくおかしくなって肩をすくめると、ほかの誰が教会嫌いだ、と訊かれた。だから、恋は薄暗い部屋で、ゆっくりと長い足を組みその上に頬杖をつく。 感動の再会も、きつい交渉も終わり。これからが、本題。 「キアラン・シンクレアという魔術師を捜している、今回の俺の依頼人だ」 濃い青色の瞳でまっすぐ貫くように、相手の瞳を見据えて言った。 |