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ケイは、ゆっくりと首を振った。
「いい。行かない。そんなの、見たくないよ」
そう小さく笑ってみせると、魔王はケイの手を離す。
「オレね、リューとは綺麗なものが見たいよ」
喜んでくれるか、と思った。
けれど、リュシーダサンイは悲しげに、美しい瞳を伏せる。
「この世界に散らばるものは、なにも綺麗なものばかりではないよ。ケイ」
「……リュー?」
「ケイには綺麗な心でいてもらいたい。だが、綺麗ではないものから瞳を逸らすことは、はたして、綺麗なことだろうか」
リュシーダサンイは、ゆっくり首を振った。
金が混じる赤い髪がそのたびに揺れ踊り、ちりり、と小さな鈴の音があとを追う。
きゅ、と小さな手に握られた、獣の爪のかたちをした紅玉は、涙のような光をこぼした。
そして震えるくちびるが、ケイ、という名を呼んで、
「逃げる口実に、リューを、使わないで」
ケイは大きく瞳を瞠る。
その言葉は、まるで、胸に深く打ち込まれた杭のようだった。
瞳の奥が、ぐ、と熱くなる。
くちびるを噛んでみるが、堪えきれなかった。
じわり、とリューの輪郭が滲み、赤と金の色が流れていく。
顎が痛くて、言葉が喉から出て行かない。
だって、言葉を打ち込まれた胸が、冷えて。
痛む。
「……ごめん。ひとりに、して」
やっと言ったのは、そんな言葉だった。
※
好きだということの理由に、『完璧なる無属性体』などというものは、さして重要なものではない。
けれど、そうでなくとも好きになったかと言えば、そうでもない。
なぜなら、結局それは、ケイ・イーリィという存在をつくる要素にすぎないからだ。
ケイ・イーリィは確かに、人のなかにあっては特殊と言えるだろう。
なぜなら、悪意というものから縁遠い人の子、というものは、それだけ珍しいものだからだ。
だが、そうかと言って、善意のために自分を捨てるような者でもない。
そういった意味では、すこし。
似ている、と言えるのかも知れない。
似通うものは、引き合う。
似通うものがあるからこそ、惹かれる。
それは、この身を唯一支配する、世界の法則のひとつだ。
だがそれを引き去ったところで、残るのはむなしさだけでは決してない。
瞳が開いたばかりの赤子のような、世界の入り口にようやく立ったばかりのあの子どものそばは、なんとも言えず心地が良いのだ。
あの子どものまえでなら、本性(すべて)を曝け出しても良いかと思えるのだ。
そのすべてを、あの子どもなら、綺麗だね、と言って笑ってくれるだろう。
そう。
『完璧なる無属性体』は、ケイ・イーリィの個性のひとつでしかない。
それに、この瞳から見て厳密に言うならば、あの無属性を『完璧』とは言わない。それは人の子の群れにあるから、『完璧』というだけのことだ。
人、という枠内にあること。
それはつまり一属にあるということだ。
そもそも人というものには、完璧なものなどない。
だからこそ、鏡に怯える。
おのれの醜いところを映すものを、怖れる。
そうして『魔族』という名の鏡を祭り、『完璧なる無属性体』を鏡として祭り上げる。
見えないところへと隠し、おのれを守る盾とする。
ああ、なんて。
人の子、ってめんどーな生き物。
ケイってば、はやく気付かないかなー。
そしたらもっともっと、リューが遊んであげちゃうのになー。