「大丈夫だよ。誰もきみを食べたりしない。ううん。そんな心配はしてないね。きみが怖いのは、きみが特殊だと思っているきみの一部分だけ。もちろん不安ではあるだろうけど、それはオレたちも一緒。きみの嫌いな部分が、怖い」
「きみだって、特殊じゃないか。両性、だ」
「確かにね。でも、オレは特殊じゃない。闇の力が凝(こご)って生まれたものはみんな、雄と雌を具有した確かなかたちを持っているよ。逆に、光の力を縒って生まれたものはみんな、雄と雌も、確かなかたちも持たないんだよ。でもね。それはきみの言う特殊じゃない。ねえ、もう気付いてるよね。オレたちは魔族。きみは人の子」
 おなじじゃないよ。
 そう言い切られて、ケイは顔を歪めた。同時に目のまえの美しい顔が、悲しみに歪んだ。
 どうして。
 どうしておなじじゃないのに、おなじ喋り方をして、おなじ表情をするの。
 どうしてオレは、違うの。なぜ。
 『完璧なる無属性体』なんて、ふざけている。ただの未完成じゃないか。
 太陽から身を守る色素や、未来へ命を繋げるための機能を備えずにこの世界に生れ落ちた。
 そのことのどこが、『天からの恵み』だというのだろう。そんなものは、ただ厭わしいだけのものだというのに。
 こんな身体はいらない。
 こんな色のない、男でも女でもない、気味の悪い身体なんて、
 大っ嫌いだ。
「分裂もしないもんねー」
「馬鹿にしてるのか!」
「馬鹿にしてるのは、オレじゃないよ。きみだ」
 思わずリューを怒鳴ったケイは、きみがきみを馬鹿にしているんだ、と返されて、大きく瞳を瞠った。そして、ただこの心を映しているだけの、罪もない美しい魔族へとこれ以上勝手な怒りを向けてしまわないために、身体に流れる血を透かせる瞳を、静かに伏せる。
「……だったら、リュシーダサンイ。真似は、やめてくれる? オレはオレが嫌いだから」
 きみまで嫌いになってしまうかも知れないから。だからオレの真似はやめて。
 ケイがそう言うと、目のまえでリューのかたちが、ぐにゃり、と歪んだ。
 子どもの姿から、細くくねる腰と豊かな乳房を持つ、艶めかしい女の姿に変じ、そして女から、しなやかで長い手足を持つ、爽やかな色香を漂わせる男の姿に、なんとも鮮やかに変じてみせる。そうかと思えば、獣のような牙と毛を見せ、鳥のような羽毛と翼を見せ、魚のような鱗と鰭(ひれ)を見せた。
「どれが良いのだ」
 人では成し得ない技を披露した上で、子どもの姿に戻ったリューが訊く。声がわずかに低くなり、またあの偉そうな喋り方になった。
「どうした」
 魔族の変化に少なからず驚いていたケイは、訊ねられて、悪戯っ子のような輝きを瞳に浮かべて賛辞を待つらしいリューのようすに、くちびるから笑みをこぼす。
「あ……あんまり綺麗だから、びっくりした」
 話に聞く魔族が、これほどに美しいものだったとは、思いもしなかった。
 獣になろうが、魚になろうが、リューは美しかったのだ。
 ふふん、と褒められてうれしいらしいリューは腰に両手を当てて胸を張り、身体を反らす。
「すごいね。魔族はみんな変化できるの?」
「オレだけだぞ。すごかろう」
 さらに反った。
「じゃあ、きみも特殊じゃないか」
「オレは特殊なのではなくて、特別なのだ」
 どこまで反るのだろう、と少し楽しみにしていたケイは、しかしそれを聞き、なにそれ、と白い頬をふくらませた。
 そして、どれが良いのか、とふたたびリューに問われて、
「その子どもの姿で。話しやすいし」
「これで良いのか。つまらん」
「喋り方は、かわいい感じがいいなぁ」
「む。まわがまー」
「我が儘、ね。できれば、普通に喋って?」
 喋り方を変えると知能の程度も変わるのだろうか、と不思議に思ったケイだったが、直後にリューが、ぷうっ、と愛らしく頬を膨らませて、おもしろいのにぃ、と言ったのでちいさく苦笑した。どうやらただのお遊びだったらしい。
 それにしても、とケイは、目のまえの大樹と左右の石群を見やった。
 リュシーダサンイはこうして近くにきて言葉を交わしているというのに、ほかの魔族が近付こうとする気配がないのはなぜだろう。
 そう言えばリューが、魔族は人の心を映す鏡だ、と言っていた。
 これほどに弱くて気味の悪い、特殊な生き物には近付きたくない。その心のなかを覗けば自分が穢れてしまう。
 つまりは、そういうことなのだろうか。
 ふ、と自分を嗤ったケイは、ぐりぐり目玉がじっと自分を見つめていることに気付いて、なんでもないよ、とゆるく首を振った。
「ねえ、リュー。ところでここは……どこなのかな? 近くに人は住んでるの?」
「この島には住んでなーいよ」
「島なんだ……」
「ちっちょい島やの。んで、魔族の国やの」
「もしかしてソナベルト国の、マラシト?」
「そそ。知ってるねー」
「うん。知ってる。勝手に入ってごめんね」
 それならトゥーランディアの軍人たちが来ることはなさそうだな、と考え安堵の息をついたケイは、とりあえずリューに謝っておく。
「ほかのみんなには、オレが謝ってたよ、ってリューから伝えておいてくれるかな? 行きたいところが決まって出て行くまで、オレはおとなしくしているから、って」
 すると、リューは大様にうなずき、
「よきにはからえ」
「う、うん……?」
「だってリューが、どんぶらこー、ってした」
 どんぶらこー、とリューは両手を目のまえで右から左へと、大きく上下に動かしながら移動させる。
「どんぶらこ? もしかして、船のこと?」
「む。それ。船。波でどんぶらこー。そしたらねー、なんか。沈んだ」
 

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