「木漏れ日サイコーッ! 空気うまーい」
葉の隙間、枝の間。
痛くて眩しい日光を和らげて、そこからころころと綺麗な金貨を、地上に撒き散らす。
ケイは腕をいっぱいに広げた。大きく息を吸って、吐き出す。
ころころころころ。
耳を澄ませば光が転がる音が聞こえてくるような、そんな気がする。
「ふはぁ……ぁ。オレ、ここに住みたーい」
鼻歌混じりに、森の奥へ奥へと進む。
やがて、歩き疲れて、苔生した大きくて平たい石に足を投げ出して座った。
濃い緑の匂い。
どこかで鳥の声がした。
足元には、小さな紫の花が群れ咲いている。
正面に根がうねった板のような、巨木。
高いところでは、白い根で巨木の枝をやわらかく抱えた蘭が、甘い香りで虫を誘う。
左右に、不自然にきっちりと切り揃えられた長方形の石の群れ。
けれど石を運んだような、あるいは運び出すような跡がないのが、不思議といえば不思議。
そのとき、突然、
「イトノッオッ!」
「うひょうっ!」
ケイはすっとんきょうな声を上げた。背後で突然声がしたのだから、しかたがない。
「イト、ひ、と、の、こ、おまえ、ヒトノコ?」
くいくい、と髪を軽く引っ張られて、ケイは振り返った。すると、綺麗なふたつの珠を見つける。
鮮やかな赤のなかに金色が流れて渦を巻き、その珠はケイを映していた。
木陰のなかで光るこのふたつの珠は、おそらく何者かの瞳。
ケイが両手をついて身体の向きを変え、正面からじっと見つめると、その何者かの輪郭は徐々にくっきりと浮かび、色がついた。
それは、幼い子どもだった。
その子どもの髪は、瞳とおなじ、金の混じる鮮やかな赤で、細くてとてもやわらかそうだ。
乳色の広い額を出して、絹糸のような赤を無作為に捻り、巻いて、肩から胸と背に垂らしている。ずいぶんと手のかかりそうな、しかも子どもがするには、大人びた髪型。
胸を筒状に覆う布と、ゆったりと下腹から脛(すね)までを包むズボンは赤い色のおなじ素材で、裾や穿(は)き口には金で花模様の縁取りが細工された、赤い柘榴(ざくろ)石の飾りがついている。そして、おなじ模様の柘榴石の腕輪を左の手首、それにさらに小さな鈴がいくつもついた腕輪を、右の二の腕にしていた。
首からは長い飾りをぶら下げており、それには金の鎖にいくつかの角(つの)だか数枚の翼だかが生えたような六角の金の板が吊られていて、草花の型が押されたその板には、丸い形の大きな紅玉がひとつ中央にはまっていた。板の下にはもうひとつ、少し小さめの涙形の紅玉が、板とそこからさらに長く垂れる一本の金の鎖とを繋ぐようにある。そして長い金の鎖の先には、まるで獣の爪のような形の格別に大きな紅玉がぶら下げられていた。
蛙のようなかっこうで座る子供は、爪の形の紅玉を地面に引き摺っていても、まるで気にしていないようすだ。ただ、ぷくっとした頬を染め、大きな瞳をキラキラと輝かせてこちらを見つめている。
無邪気な好奇心を持った、とても可愛らしい子どもだった。いや、可愛らしい、というよりも、美しい、という表現の方がその顔(かんばせ)には似合うかも知れない。
花や鳥やらが悪戯をして人の姿を真似ているのか、と思わず目を瞠るほどに美しい子どもだ。
イラスト:胡桃さま
「おま、え、人の子? ニンゲッ? んげ?」
小さな口がぱくぱくして、小鳥が覚えたての人の言葉を口にするように、拙い言葉を紡ぎ出している。
お前は人の子か、と聞かれていた。
変なことを訊くなぁ、と思いつつもケイはにっこり笑って、そうだよ、とこたえてやる。
すると小さな口が、にいぃ、と左右に伸びて三日月のようなかたちになった。
身に着けている物からして、どこかの貴族か金持ちの家の子なのだろう。けれど、
「……裸足だね。君のおうちはどこかな」
自分とおなじで迷子かも知れない、と思ってそう訊くと、子供はくるんと首を傾げた。
そして、隠されていない子供らしくふっくらしたお腹を、ケイの髪の毛を持っていないほうの左手で、小さくさする。ぐう、と鳴った。
「お腹空いたの? オレもだよ」
つられてケイの腹も鳴る。腹は空っぽで、あまり動けそうにない。ぼんやりとふたたび辺りを見回して、なにか食べられるものはないかな、とつぶやいた。
ぐぐぅ、とやけに大きな腹の音を聞いて視線を戻すと、赤い髪の子どもが物欲しげな顔をして、じっと自分を見つめているのに気付く。
「オレは食えないからね」
一応、言っておく。すると、ちぇー、と子どもは言ってケイの髪の毛を、ぽいっ、と離した。
冗談のつもりで言ったのだが、ほんとうに食われかけていたのだろうか。それとも冗談で返されただけなのだろうか。
ケイは意味もなく、濡れてぼさぼさの髪を整えてみたりした。
「おまえ、名はなんと言う」
そう不意に訊ねられたケイは、薄紅色の瞳をまんまるにして、立ち上がる子どもを見る。
子どもは腰に両手を当てると薄い胸を張り、赤い瞳を細めてこちらを見下ろしていた。
ちゃんと喋れるんじゃないか。
思わず、ケイは呆けた。
それとも、自分とは別の言語を持つ種族だが、ふたつの言語以上を習得していているすんごい子どもなのだろうか。
「……それにしても、めっちゃ偉っそうな」