囲まれた。
 ちり、と向けられる殺気に、銃を握る右の手指が痺れる。
 濃い血の臭いを纏う冷気の手が、頬を切り裂くように撫でていく。
 視界の妨げにならないよう、白い息を細く吐いた。
 闇が灰色に汚れた水を流し込んだような空気のこの町を侵食するまで、もうしばらく。
 それまでに片をつけなくてはならなかった。
 晴れない雲が年中空を覆うせいで薄暗さには慣れているが、それでも闇のなかでは照準を据えることはできない。一発でも外せば、つぎの瞬間には喉を食い破られているかも知れないのだ。
 五対もの禍々しく輝く真紅の瞳は、瞬きひとつせずにこちらを見ている。
 漆黒の毛並みは暗く燃える炎のように逆立ち、太い喉からは生臭い息とともに低い唸り声が響く。
 正面の悪魔の足もとでは、鋭い牙の隙間から流れ落ちる赤い色が軌跡を描いていた。
 ぐっしょりと獲物の血に汚れたその顔を、醜く歪めている。
 食事の邪魔をしたこちらも腹のなかにおさめようと、あらかた食って骨を剥き出しにした獲物とすでに息のない黒い塊を踏みつけた。
 その、骨が砕かれる音と血肉が拉(ひし)げる音に、背の古傷が疼(うず)く。
 這い上がる怖気に、内心で舌打ちした。
 そしてそれを追い払うように、引鉄を引く。
 同時に、こちらを囲む五体の悪魔は、瓦礫を踏み崩すようにいっせいに飛び掛ってきた。
 しかしそのうちの正面の一体が、喉を弾かれ悲鳴を上げつつもんどりうつ。
 そちらに向かって走りながら、もう一発。
 痙攣して横たわる悪魔の向こう側に飛び込みつつ身体を反転し、爪と牙とを避けながらすばやくナイフを抜いて、跳躍するとちゅうにこちらの動きを誤った一体の腹を裂く。
 裂かれた腹から血と臓腑とを撒き散らしながら、それは汚れた色の地面に飛び掛る勢いのまま叩きつけられた。
 ナイフを持っていかれたが、しかし舌打ちする間も惜しい。
 腿につけたホルスターから左手でもう一挺の銃を抜き、強靭な腭(あぎと)でまだ息のあった同族の首の根を噛んで邪魔だと放り投げたもう一体の、その巨大な頭に弾を立て続けに三発撃ち込んだ。
 脇から凄まじい勢いで襲い掛かってきた一体には、泥を蹴り上げてやった。そうして目を潰し、速度を落としたところを仕留める。
 そして、背後をまわってきた最後の一体に銃弾を浴びせ、
「きょうは俺の勝ちだな。目玉はもらっていく」
 どしゃり、と血溜まりに沈む闇の化身を肩で息をしながら見下ろすと、いまごろになって汗が噴き出した。
 
  

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