ある二人の物語
− 天然同士の場合 −
それは、とある日の話だった。
蜥蜴籠街のJは稼ぎ屋をしている。稼ぎ屋とは金次第でどんな仕事でも請け負う何でも屋のこと。だから、どんな仕事が舞い込んでも不思議ではないのだが。
そのJが今日、受けたのは何ともおかしな依頼だった。
「今日、一日、葛葉の面倒を見て欲しい」
面倒、つまり、子守ということか。葛葉というのは、その子守の対象である子供の名前だろうか。
金額も悪くはなかったため、Jはその仕事を引き受けた。
おそらく、相手は五歳から十歳前後の子供だろうと、Jは思った。その年頃の子供は、目を離すと何をしでかすか分からない。大方、子守につかれた親が一時の休息のために、子供を任せようということだろう。
子供の相手は面倒だが、食べ物でも与えてあやしておけば良い。
そう簡単に考えながら、指定された場所へと辿り着いたJを待ち受けていたのは――。
「えーと、君が、じぇいかなぁ」
声を掛けてきたのは、黒い服をきた十代後半ぐらいの男だった。
黒い双眸に黒い髪。この辺りでは珍しい色をしている。
「そうだが、あんたは……」
「やっぱり」
手を叩いて、彼は嬉しそうに笑った。
「黄色っぽい髪のガイコクジンだって言ってたから」
ガイコクジンが何かは分からなかったが、それがJを示していることは分かった。
「……あんた、依頼者の知り合いか?」
ここにJが来る事を知っているのは、依頼人と斡旋した情報屋だけだ。
訝むJに彼は、ニッコリと笑って、
「今日一日、お世話になります。符宮葛葉です」
「はっ?」
一瞬、頭が真っ白になった。
依頼内容は、「葛葉の面倒を見て欲しい」のはずだ。そして、指定された場所には、「葛葉」を名乗る人物が待っていた。
目の前にいる人物は、とてもじゃないが、子供には見えなかった。
「じぇい、は稼ぎ屋なんでしょう?」
「あぁ」
葛葉は十八だという。十八と言えば、自分で考えて行動できる年齢だ。それなのに、どうして面倒を見る必要があるのか。
親が過保護なのか。それとも、面倒を見ていなければならないような特殊な事情があるのか。
依頼人の事情はどうあれ、受けた依頼はこなさなければならない。
Jは葛葉を連れて場所を移動した。そこは建物の空き室の一つ。
葛葉は物珍しそうに周囲を見回していたが、不意に思い出したように問いかけた。
「稼ぎ屋って何? カセギっていう食べ物を売るの? それって美味しい? 私はお芋が好きなんだけど。お芋も売ってる?」
「いや、食べ物は売らない」
手短に稼ぎ屋について説明するが、葛葉はあまり分かっていないようだった。
「屋台と言えば……」
Jは話題を変えることにした。
「駆け出しの頃は、屋台の番をさせられたこともあったな。そういえば、さっきオイモとか言っていたが」
話の流れからして、食べ物の名前には違いないが、聞いたことがなかった。
「屋台って……じゃあ、じぇいは親父さんなんだね。お芋はね、ホカホカして美味しいよ。カセギもオイシい?」
「親父……父親のことはよく知らないが。稼ぎ屋はそれほどオイシい仕事ではないな」
答えながら、Jは思わず、口元に笑みを浮かべる。
真っ直ぐな目で問いかけてくる葛葉。
最初は、頭がおかしいのではないかと思ったが、話す内容に反して、言動はしっかりしている。ただ、自分の中で考えた事の間を話さずに口にするから、会話の内容に間が空いて意味不明な言動になるだけだ。
初めて会ったJにも警戒心を抱くことなく、無邪気に懐いてくる。こんな人間に会うのは初めてだった。
「オイシくないの? じゃあ売れなくって困るよねぇ。お魚でも捕りにいく?」
「そうだな、危険もあるしな」
稼ぎ屋の仕事は、入ってくる金額は大きいが命の危機にさらされる可能性も高い。オイシい仕事だと言い切れるものではない。
「魚を獲るのか? 魚の奇形は口にするなよ」
「魚は皆が取ってくれるんだ。 貴兄? お兄さんがいるの?」
「皆? 知り合いが多いのか?」
答えながら、お兄さんと言われて、真っ先に頭に浮かんだのは若白髪の司祭の顔だ。
「あれが兄だと言うなら、頭痛がするな」
半ば呻くように呟けば、葛葉が心配そうにJの顔を覗きこんだ。
「頭痛いの? 大丈夫? 頭、痛い時は、『痛いの痛いの飛んでけぇ』で治るんだよ」
言葉に合わせながら、手を回した後、空に向けて伸ばす。
「……いや、大丈夫だ。痛みが飛んでいくのか? 危ない薬はやめろよ」
鎮痛剤にも様々な種類がある。ものによっては、後遺症を残す場合がある。特に、安価に出回っているものは危険性が高い。
「危ない薬? 飲むと尻尾が生えてきちゃうとか」
何を想像したのか、目を輝かせる。
「尻尾は……どうだろう」
肉体に出る変調については耳にしたことはあるが、肉体そのものに変化が起きるような話は聞いたことはない。もっとも、知らないだけで、存在している可能性は否定できないが。
それにしても、尻尾とは面白い発想をするものだ。
「毛足の長い柔らかいものなら、触りたい気もするが」
「歩伊木はもふもふしているよ。私の友達なんだ」
「変わったなまえだな。猫か、それとも犬か?」
ふわふわではなく、もふもふ、というのも変わっている。
葛葉は首を振ると、
「木の精霊さんだよ。冬場はね、寝ちゃうから暖かい時期しか遊べないんだ」
だから、雪を知らないんだよ。残念そうに、葛葉は付け足した。
「……なんだそれは。魔術関係なのか?」
生き物であることは間違いなさそうだ。寒い季節が苦手な生き物。どんな姿をしているのか、葛葉の言葉からは想像はできなかった。
「だが、それなら蜥蜴籠街では暮らせないな」
あの街の寒さは凍えるほど。寒さに弱ければ、暮らせないどころか生きることすらできないだろう。
「蜥蜴籠街?」
黒い頭が傾げられる。
「ガイコクの街の仲間? ガイコクの街は知ってるよ、てれびで見たもん。きらきらした人がたくさんいるんでしょ?」
てれび、とは魔術に使われる道具か何かか。葛葉は魔術に関係のある人間なのかもしれない。
「きらきらとは、もしかして髪の色のことか? それとも、瞳の色か?」
「髪と目がきらきらしてるの? すごーい! 楽しそうだね」
幼い子供のように、はしゃぎながら手を叩く。
「違ったのか? きらきら……スパンコールのことか? 葛葉は髪も瞳も黒いんだな」
髪や目の色は、住んでいる地域によって特徴があるものだ。葛葉の周囲は黒髪黒目が多いのだろう。
「スパ……ガイコクの言葉だね。もくろーが狼のときと同じ色なんだよ」
己の髪を摘まみながら、嬉しそうに言う。Jは首を傾げた。
「モクロー? 狼のとき、ということは、そのモクローというのは魔獣かなにかなのか?」
精霊や、てれび、などJの知らない言葉が葛葉の口から漏れている。そのモクローというものも、魔術関係に違いない。
「マジュウじゃなくって、もくろーだよ。こぉんなに、大きいんだよ」
両手を大きく広げて、葛葉はもくろーの大きさを示そうとする。
その大きさは、Jの身長を遥かに越えている。
「こんなに……って。気のせいか? 呪文より大きな気がするな」
「ちっちゃくもなれるんだよ。あったかくって綺麗なんだ」
これくらい、と今度は一抱えほどの大きさを示す。
どうやら、モクローというのは自在に大きさを変えられる魔獣らしい。
「へぇ、便利だな。葛葉はモクローが好きなのか?」
ぱっと、葛葉の顔が華やいだ。
「大好きだよ」
屈託のない笑みが形作られる。
「じぇいは大好きなのないの?」
真っ直ぐ問いかけられて、咄嗟に頭に浮かんだのは――。
艶のある鮮やかな赤紫の長い髪に、金の双眸、見る者の魂を食い潰しそうなほどの凄絶な美貌。
美しくも恐ろしく、冷たくも温かい、強く脆い、人の姿をした魔道書の姿だった。
「大好きないの?」
黙りこんだJに葛葉は再度、言葉を重ねる。
「う……あ、あぁ、まぁ……うん……」
「ないの?」
「いや……あ、うぅ……」
答えるに答えられず、Jは頭の中に浮かんだその姿を振り払うように、頭を振るが、消えるどころか、益々色濃く脳裏に浮かび上がる。
「どうしたの? おもちが喉に詰まったの? 顔が真っ赤だよ!」
顔を真っ赤にして硬直したJに葛葉が驚いたように声を上げた。
「い、いや、だいじょうぶだ。モチがなにかはわからないが、問題はない。と思う」
必死で取り繕うとするが、顔の赤味は引かず、
「本当に? 無理しちゃ駄目だよ、今、誰か呼んでくるから」
「よ、よばなくても大丈夫だ!」
Jの叫びも虚しく、葛葉は外に飛び出していく。
Jは力なく、その場にしゃがみ込む。早鐘を打つ、動悸を抑えるように目を閉じる。
不意打ちの言葉に心乱されるとは思っても見なかった。
暫くして、落ち着きを取り戻したJはゆっくりと立ち上がる。どこまで行ってしまったのか、葛葉はまだ戻ってこない。それよりも、本当に誰かを呼んでこられても困る。
Jは葛葉を探すべく室外へと出た。
表で迷子になっていた葛葉をJが保護するのはすぐ後の話だった。
Plumeria様の遊衣ちゃに頂きましたw
先日鳳蝶と遊衣ちゃで『天然同士で会話が成り立つのか』ということでやってみた会話に、描写をつけてくださいました♪ 葛葉たん、迷子になってしまってたのか(*´艸`*)かわいいなぁw Jたんは保父さん化(´゚ω゚):;*. このあとふたりはお芋を食べに出かけ……大好き話を葛葉たんにぶり返され、Jたんはお芋を喉につまらせてむせるのだ。 あはは(≧∇≦)ありがとう、遊衣ちゃ!
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