花美人  (文:久渚 遊衣 様 イラスト:鳳蝶)
 
 
『たっく、どこいきやがったんだ』
 ぼやきながら、深い森の中を歩く。その視線は鋭く虚空を見つめ、見えないものを探り続ける。
 国津神の大神。或いは木狼と称されるその神は木々の間を跳ねるようにして進む。
 彼は周囲の気配を探り、目的の人物を見つけ出そうとするが、周囲にそれらしき気配は全くない。
 大神が探しているのは、「符宮葛葉」という人間だった。葛葉は大神の真名を知る唯一の存在であり、大神の憎悪の対象である人間でありながら、その例外たる人物である。
『まさか、迷子になってるんじゃないだろうな』
 葛葉と別れたのは暫し前の話だ。記念撮影をしてくるという今回の企画。一緒に行動しても良かったのだが、勢い勇んだ葛葉はさっさと一人で出かけてしまった。
 後を追ってみたものの、完全に気配を見失ってしまっている。
 葛葉は、十分に大人といえる年齢でありながら、どうにも幼い部分がある。一人にしておくのは心配だった。もちろん、葛葉はただの人間ではない。陰陽師としての素質、才は大神が舌を巻くほどである。
 その身に何かが起こることは思っていないが、迷子になって帰れなくなっているのかもしれない。
 大神はそれを心配して葛葉を探していた。


 星を掻き消す眩い光、見上げれば丸い月が地上に光を落としている。
 大神は足を止めた。
『月下美人か』
 視線の先、岩場の影に群生している大きな白い花。
 月明かりの下、わずか数時間しか咲かないと言われている花――月下美人だ。
 大神の視線など物ともせず、花は静かに咲き乱れている。
『葛葉が喜びそうだな』
 珍しいものには人並み以上の関心を見せる葛葉だ。持っていってやったらきっと喜ぶだろう。
 そう思って大神はその一輪を優しく手折った。甘い香りが鼻先を掠める。
 花が枯れる前に葛葉を見つけられるといいのだが。早いとこ、見つけようと大神は決意を新たにする。
 そのとき――ふっと、感じとった気配に大神は顔を上げた。
 それは一拍の間に、大神の背後に回りこむ。そして、
「りゃー」
 のんびりとした叫びとは裏腹に、弾丸のように突撃してきたそれ。身体を捻るように、反射的に躱すことができたのは、大神だからといえた。人間だったら何が起きたか理解する間もなかっただろう。
 大神はその場から跳び離れ、奇襲してきたものを睨みつけた。
『魔王っ! いきなり何しやがる』
 向けられた視線の先。佇んでいたのは、幼子。真紅と金を纏う存在。
 それが、凍えながら燃える炎、有翼の赤き月と称される、この世界の半分を包む闇の王――魔王であることを、大神は知っていた。正確には、旧知というべきなのかもしれない。
「にゃはっは。大神ぃ、久しいぞぉ」
 恐ろしくも整った顔に華やかな笑顔が浮かぶ。大神はげんなりしたように肩を落とした。
『久しいも、なにもこの間あったばかりだろうが』
「そうだったかぁ?」
 その「この間」が百年以上前であることは、問題にはならない。長い時間を生きる彼らにとって、百年の単位は遠いものではないからだ。
「大神ぃ、こんなところで何してるんだ? 遊びかぁ?」
『遊びじゃねぇよ……おい、魔王』
 大神は真紅の幼子の顔を覗きこんだ。
『葛葉見なかったか?』
「葛葉っていうと、大神が大事ぃに、大事ぃに、している人の子か?」
『別に大事になんかしてねぇ』
「照れてるぅ?」
『照れるか!』
「なんだ、つまらない」
 頬を膨らませて、照れないことを責めるが、大神はそれをあえて無視した。一々反応を返していたら身がもたない。
『それで、葛葉を見てないか』
 辛抱強く、もう一度尋ねる。すると、
「見た気もしなくもなくないかもしれなくもないのだけれどもなくないかもぉ」
『…………』
「大神ぃ、暴力反対ぃ」
 拳を震わす大神に、わざとらしく怯える。
 無駄な時間を過ごすだけだと判断した大神は、幼子に背を向ける。
「大神ぃ」
 追いかけてくる声。大神はそれに応えず、その場を去ろうとしたが、
「あの人の子は、変わらないか?」
 ぴたり、と足を止めた。その声はさきほどのふざけたものとは全く違っていた。
「あの人の子は、穢れを知らぬままか?」
 大神は、ゆっくりと振り返る。金の双眸が鋭く幼子を――魔王を捉える。魔王もまた、紅玉の黄金の目で、いにしえの神を見据える。
 大神と魔王が、「この間」あったのは百幾年前だ。そのとき、魔王は言った。

 人の子は変わる。
 人の子は裏切る。
 
 人間は弱い生き物だから、周囲の影響を受けやすい。
 人間は強い生き物だから、周囲の環境を受け入れる。
 変わることが間違いであるとは思わない。変わり続けることができたからこそ、人間はここまでの繁栄を望めたのだ。それが結果的に、変わらないものたちを裏切る結果になっても、そういう性質である人間を責めることはできない。
 責める事はできないが、憎む事はできる。大神の胸の内にあるものは、そういうものだ。

『葛葉は、変わった』
 長い沈黙のあと、大神は呟いた。
 魔王の瞳が細められる。
『……あいつは、俺様を裏切った』
 絶対に葛葉だけは裏切らないと、己の味方であり続けると信じていたのに。誰よりも唯一であると信じてたのに。符宮葛葉は、大神を裏切り、大神に陰陽師としての力を向けた。
 だけどそれは――。
『俺様も葛葉を裏切ったのかもしれない』
 大神にとって、葛葉が唯一の例外であったように、葛葉にとっても大神は唯一だったのかもしれない。
 村人からは冷たい仕打ちを受け、幼い妹を養う日々。式神や物の怪たちが手を貸してくれたからこそ、成立していたあの暮らし。
 妹以外で、まともな話し相手になりえたのは、大神だけだった。
『変わったかもしれないが、それが全てじゃねぇ』
 変わったものがあった。変わらないものがあった。
 少なくとも、葛葉は今も大神を恐れない。揺ぎ無い眼差しを逸らそうとはしない。
「ふーん」
 魔王は口元に笑みを浮かべた。
「大神ぃ。大神ぃも変わったぞ」
『俺様は神だぞ。そんな簡単に変わるわけが――』
「大神が変わるのは寂しいぞ。でも」
 言いかけて、魔王は口を閉ざす。大神はその先を促そうとしたが、
「つまるところ、大神ぃは、あの人の子が大好きってことでぇ」
『なっ! 誰が!』
「オレも大神好きだから嫉妬するぅ」
『ふざけるのも大概にしろ』
「いやーん、マジなのにぃ、大神のいけずぅ」
 思わず怒鳴り返した大神に、跳ねるように魔王は近付く。そして、
「大神ぃ、もらうぞ」
『おいっ!』
 大神の手から奪ったのは、月下美人。艶やかな白い花が、魔王の手の内に収まる。
 魔王はそれを、自らの頭に飾りつけた。
「綺麗だろう?」
 屈託なく笑って言うから、奪い返そうという気がなくなって、大神は諦めたように息を吐いた。



『欲しいなら、そこに咲いているだろうが』
 岩場の影に群生する白い花。今なら、いくらでも摘み取れるだろうに。
「大神のだから良いのだ」
 大神がわざわざ手折ったものだから意味があるのだと。
『勝手にしろ』
 大神は視線を魔王から逸らす。
 月下美人で思い出したが――こんなところで油を売っている場合ではなかった。
 早いところ、葛葉を探さなければ。
 背を向け、今度こそ、その場を離れようとした大神に、魔王はわざとらしく手を打った。
「大神ぃ。そういえば、あっちの方向で、あの人の子が同じところをぐるぐる回ってたぞぉ」
『……もっと早く言え!』
 言うや否や、大神は魔王が指で示した方向の木々の中に姿を消す。おそらく、葛葉は迷子になって同じ場所を歩き回っているであろう。
 別れの言葉を告げずに、告げることをも忘れて去っていったその背を見送った魔王は、大きく伸びをした。
「オレも帰ろうか、ケイ待ってるだろうしー」
 頭に揺れる月下美人。指先で触れれば揺れる花びら。
 きっと彼も珍しい花に喜んでくれるはずだから。
 
 
 

 
Plumeria様の企画『突撃!お宅訪問』で描かせていただいた、Plumeria様のお子である『平成陰陽記伝』から大神こと木狼と、うちの子『鏡の国のアレとソレ』のリュシーダサンイ(赤いほう)のイラストに、久渚様か短文をつけてくださいましたv  以前差し上げた『神様と魔王様』の延長とのことです。百年以上経ってますがw
ありがとうございますー*+。('∀'*)*+。
紅白でめでたいです、いつみてもこのふたりはw 鳳蝶はこの紅白ふたりの組み合わせが大好きだったりします(*´艸`*)にまにましながら書いたり読んだりしてます♪
うちのリューはどんだけ大神らぶなんだ(*/∇\*)鳳蝶と一緒だなw
 
Plumeria様へ 

  

 

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