冴え冴えと輝く月の美しい夜だ。
金糸の刺繍が施された白い法服を纏うジュリアン司祭は、すっきりと整った顔を窓の外へと向け、金の髪から覗く銀の耳飾りに左の手指で触れてから一度目蓋を閉じた。
そして、音にはせずくちびるだけで祈りを紡ぐと、ふたたび目蓋を開ける。
青く澄んだ強い瞳で、じっと夜の向こうを見据えて、ジュリアン司祭はゆっくりと目のまえの長剣に手を伸べた。
瀟洒な意匠の細工が施された白銀の鞘と鍔に、矢車草の青色を映した青石の飾りを抱く柄頭。
鞘から抜き出せば、涼やかに澄んだ音とともに月光を跳ねる鋭い牙が現れた。
月夜の狼の牙。
これほどに美しい剣だ、おそらく歴とした銘もあるのだろうが、聞かされてはいないので勝手にそのように呼んでいる。
これは、五年前に一晩かけて燃え尽きた屋敷の残骸、朝焼けの下、灰のなかから見つけたものだった。
長年暗鬱と立ち尽くしていた屋敷が燃え、そこから心身ともに襤褸(ぼろ)のようになりながら出てきたジュリアンを、遠巻きにただ眺めてひとびとは、恐ろしい吸血鬼と魔女と闘いそして勝った司祭、と讃えたが、それは違う。
魔女は死んだ。
けれど、屋敷とそしてこの剣の本来の持ち主である吸血鬼は、いまもなお生きていた。
姿はそのままに、しかしそれ以前とは明らかに違うものとして。
「……ルー」
いまは、魔女を殺した魔女として。
血に飢えて狂気を孕む、魔物として。
望まないまま、おのれのなかの魔物を封じていた鎖を切られた吸血鬼は新たな魔女となり、今宵のように月の美しい夜、新たな餌を求めて現れた。
獲物となった者は、必ず喉を鋭く掻き切られ血を残らず奪われて殺される。
以前の彼女ならば、決してしなかったことだ。
だから、おなじ吸血鬼の仕業だなどと思う者はいなかった。彼女が消えたことで彼女の縄張りに現れた、別の吸血鬼の仕業だと思っているのだ。
あれほどに彼女を恐れ疎外していた者たちが、その彼女の復活を叫ぶほどの、変わりようだった。
よって、祓魔師でもあるジュリアン司祭には、期待と逆恨みの目が同時に向けられているのだ。
「言われなくても、やるさ」
わかっている。
自分は祓魔師なのだ。
五年前にも彼女と約束をした。
かならず救ってやる、と。
だから、ジュリアンはきっちりと着込んでいた法服を着崩し、狼の牙を腰に吊って、月の輝く夜を行く。