eet ark eces  (著:久渚 遊衣様)
 
 
 
 
その夜、街はざわめきに満ちていた。
遠く響く笛の音が、人々を屋外へと誘い、家から家へと渡された綱に掛けられた灯火が通りをぼんやりと照らす。
その日は年に一度の祭りの日だった。街の発展と人々の健康を祝う、小規模ながらこの街にとっては滅多にない娯楽の一時。
子供だけでなく大人までも浮き足が立ち、朝から多くの屋台が出回っていた。
いつもは満天の星に彩られる夜空だが、今宵ばかりは人口の明かりが空を占める。
街の広場には、日がすっかり山の向こうへと消え去った時間帯にも関わらず、多くの人の姿があった。
子供らは親に甘い匂いを漂わせる珍しい菓子をねだり、僅かな小銭を受け取っては小走りに人ごみの中を駆けていく。
商魂たくましい商人たちは、年に一度の儲けのチャンスを逃がすまいと、大声を張り上げて、客を集めようと躍起になっている。
大人たちは今年の一年の暮らしと、健康に感謝し、いつもより大き目のグラスで祝杯を掲げる。
色とりどりの布で作られた衣装を纏う、この日のために練習に励んだ若い女たちは、広場の真ん中に作られた一晩限りの舞台で踊り続ける。
熱に浮かされたように人々は一晩限りの夢の時間を楽しんでいた。
それは日常から離れた束の間の時間だった。
人のひしめく喧騒も、広場から少し離れただけで遠いものとなる。
街の大半の者達が広場へと足を運んでいるのだ。残っているものといえば、足腰の弱った老人か、既に寝入った赤子か、人の喧騒を嫌うものくらいだ。あるいは、人の集まるところを避けなければならないような後ろめたさを宿すもの。
その男もそうだ。否、そうだったというべきだろう。
僅かに届く笛の音。浮かれた音色に反して、乾いた大地に染みる紅黒い液体。徐々に広がり、大きな水溜りを描いていく。
ひっそりと奥まった倉庫の脇。そこにその男はいた。上半身を壁に預け、両手足をだらりと力なく伸ばしている。
男は、ここから少し離れたところにある街で殺人を犯した。相手は仕事上の同僚で年下でありながら、男よりも高い給料を得ていた。
酒の席で、男は相手の悪口を仲間と話していた。そこに偶然、その相手が通りかかったのだ。それを聞き咎めた相手と口論になった。だいぶ、酔いが回っていたのだろう。カッとなった男は力一杯、相手を突き飛ばした。
そう、事故だった。少なくとも男はそう思っている。
後ろに倒れた相手は頭を強く打ち、動かなくなった。傷を負ったのか、湧き出てきた血がその髪を濡らす。
一気に酔いが醒め、慌てて相手に近付いてみれば、すでに息がなかった。打ち所が悪かったのだろう。男の仲間と一件を目撃した者達が騒ぎ出す。
男は蒼白になり――その場を逃げ出した。
養うべき妻子も、面倒をみなければならない年老いた両親もいなかった。
だからこその行動だったのかもしれない。男は待ち受ける断罪を恐れ、その街から逃げだしたのだった。それが数日前の出来事だった。
だが、天は全てを見ていたのかもしれない。
男はもう二度と、その場から自力で動く事はできなかった。
紅い血溜まりが広がっていく。だらりと重力に引かれるがままに落とされた腕の両の指は、見るも無残なほど粉砕されていた。白い骨が薄紅色に染まる血肉の間から見えている。爪は一枚残らず剥ぎ取られ、紅い海に浮かんでいる。
着ていた衣服は所々裂け、両足には鋭い刃で刻まれたらしい傷が無数にあり、その内のいくつかは血管を傷つけたのか、とめどなく血が流れている。喉は鋭く切り裂かれ、眼窩には銀に煌くナイフが突き刺さっていた。
最早、声を発する事も、物を目にすることも叶わぬ。男はすでに息絶えていた。
ナイフの柄を掴んだのは細く白い指だった。
血にぬめる指先に力を込め、ゆっくりと引き抜く。漏れ出た鮮血が腕を汚す。
指先から滑り落ちたナイフが硬い音を立てて地面に転がる。それを目線だけで追いながら、小さな吐息を一つ漏らした。
「くだらない」
吐き捨てるような一言。
美しい女だった。肩の下ほどまで伸ばされた艶やかな黒髪。陶磁器のように滑らかな白い肌に、唇は濡れたような紅を宿していた。まるで人形のような造形。
そして、身に纏うのは裾の長い白衣。今は、所々に赤黒い染みがついている。
博士(ドクター)と自他に呼ばれる女は侮蔑(ぶべつ)の表情を浮かべて足元の男の死体を見下ろす。
「冗談じゃない。こんなクズのためなどに……」
鳶色の瞳に苛立ちが宿る。サッと、頭を振れば髪が弧を描いて舞った。
「片付けておけ」
のそりと、何かが動く気配がした。いつからそこにいたのか。倉庫の影から若い男が姿を現した。長い外套(がいとう)をはおり、胸元には銀のロザリオが揺れている。
短く刈った銀混じりの灰色の髪。そして、その目を覆うのは幾十にも巻かれた白い包帯だった。視界を完全に奪われている男は、黙って博士の傍までくると死体に手を伸ばした。
博士は身を翻(ひるがえ)す。口元を固く結んで、不機嫌も露(あら)わに歩き出した。
 
◆◆◆◆
 
少し前から目をつけていた。それはまだ若い男だった。幼い頃から苦労を重ね、最近になってようやく生活も安定し、社会的信頼も得られるようになった非常に有望な男だった。
貧しさとそれに伴う精神的苦痛をバネに更に上を目指す、輝きに満ちた眼球。
眼球は持ち主の人生を見つめ、その人生を映し出す鏡。
若いながら、大きな波を乗り越えてきたその眼球は男の人生を妙実に語った一品だった。
これから、男はもっと上へと目指し、その目は更に素晴らしい輝きを宿すだろうと確信していた。
しかし――それは呆気なく打ち砕かれた。
博士は苛立ちを隠そうともせず、カツカツとブーツの底を地面に叩き付ける。
それを食(は)むときをずっと楽しみにしていたのに。
数々の苦悩を体験してきたその眼球が醸(かも)し出すハーモニーを心待ちにしていたのに。
下らない口論の末に、喰(く)らう前に殺害されてしまった。全くの価値すらないクズの手によって。
助手にその報告を受けたとき、博士は真っ先にその犯人の居所を調べるように命じた。そして、今宵、その姿を捕え、身の程知らずにも犯した大罪の罪を償わせたのだ。
簡単には殺してやらなかった。だみ声で叫ばれたら耳障りなので、まずは声帯を潰した。それから逃げられないように手足を折り砕き、神経という神経を切り刻んだ。それから、身体の表面の皮膚をナイフでゆっくりと剥(は)いでいった。男は声なき絶叫をあげ、何度か意識を手放したが、その度、新たな苦痛を与えて目覚めさせた。濁った眼球。口に入れることさえおぞましいと思うような瞳から懇願の涙を零し、ヒューヒューと荒い呼気が耳を揺さぶった。不快だった。その存在そのものが。
湧き上がる衝動のまま、その眼窩にナイフを突き刺し、ぐちゃぐちゃと掻き混ぜた。
ナイフの切っ先が脳に届いたのが分かった。
男の身体から力が抜ける。あっという間にただの肉塊と化した存在に苛立ちは最高潮に達していた。
楽しみを奪っておきながら、大した抵抗も出来ず為すがままにされて、容易く息絶えた。
ふざけているとしか思えない。少しくらいは楽しませるのが筋だろう。
残ったのは不快感だけ。これだったら、わざわざ出向くまでもなかった。ラボでコレクションでも眺めていたほうがよっぽど有意義だっただろう。
遠くで笛の音が聞こえる。高く響く音色は人々の心を高揚(こうよう)させるだろうが、生憎、今の博士にとっては逆効果だ。
笛の音を避けるように博士は街の深い闇に向かって歩き出した。
 
◆◆◆◆
 
路地の奥へと進んでいた博士は不意に足を止めた。
路地を照らす街灯に近付きすぎた羽虫が光に焼かれ、ジッジジと鈍い音を立てて地面に落ちる。
狭く薄暗い路地は、街の人間でも滅多に足を運ばない。曲がりくねた道はオレンジ色の街灯に淡く照らし出されている。地面には捨て去られたゴミが山を作り、異臭が鼻につく。
そんな、地元の人間でも避けるような場所に一軒の酒場があった。看板はない。薄汚い戸に逆三角が描かれているだけだ。それでも酒場だと分かったのは戸の両脇に空き瓶が積まれていたからだ。建物の造りから恐らく半地下になっているのだろう。壁には窓は見当たらない。
その戸の脇に立ち尽くす人影。
博士は僅かに目を細めた。探るように鋭く周囲を伺う。
それはまるで狩りの最中の獰猛(どうもう)な肉食獣か。或いは枝の上で獲物を探る梟(ふくろう)を思わせた。自らの呼気をも細くし、注意深く辺りに気を配る。
目の端にそれを捕えながら、それ以外の気配を探す。無意識の所作。
目撃されることの面倒を嫌った上での意識外の行動とも言えた。
他に気配がないことを確かめると、口元に弧を描き、何事もなかったかのように再び歩を進める。
先ほどまでの鋭さはなく、軽快な足取りでそれに向かって歩き出す。
一歩、二歩、三歩……十歩、十一歩……二十歩目を数える頃にはその戸の傍に辿り着いた。双眸は真っ直ぐに正面を捉えている。
「こんばんは」
鈴の音が響く。
ポケットに手を仕舞いこんだまま、旧知にでも会ったかのように気さくに声を掛けた博士に、その人物は僅かに眉を上げた。
博士の存在には気付いていただろうが、声を掛けられるとは思っていなかったのだろう。その顔には意外そうな表情が浮かんでいた。
博士は好奇の視線を隠そうともせず――隠そうなど微塵にも考えてないのだろう。相手の足先から頭までじっくりと舐めるように見つめる。
観察するような眼差しは不快感しか与えないが、相手も無遠慮に博士に視線を注ぐ。刺すような視線が白衣越しに伝わるのを感じる。
お互いに、お互いを探り合う。
鮮やかな赤紫の長い髪。吸い込まれるような金の眼。両腕両足には白い包帯が巻き付き、顔の左半分もまた覆われている。
女だった。少なくともそう見えた。だが、どこか人離れした美貌は、それが人間でないことを本能的に知らしめていた。
シン、と静まり返った路地。ざわめきは遠く別世界のようだ。光を飛び交う羽虫さえ、音を忘れたかのようで。ゴミ溜めに群がるネズミが何を嗅ぎ取ったのか、早足でその場を去っていく。
重なり合う鳶色と金。探り合う双眸。
互いの心を見透かそうとするように。お互いの瞳を射抜きあう。
空気を吸う、吐く。本来なら気にも留めないような僅かな音さえ鼓膜に響く。胸の脈打つ鼓動が、その存在を知らせるように音を奏でる。
時間が止まっているかのようで――。
「汚れているわ」
沈黙を破ったのは目の前の女だった。博士の纏う白衣をさして呟く。
博士は視線を下に落とした。
あの男を拷問した際に飛び散った返り血が白衣を汚しているのを、今気付いたとばかりに目を瞬かせる。酸化し黒い染みとなりつつあるそれを、物珍しそうに見つめる。
軽く裾をつまみ上げ、暫し、考え込むが、
「問題はない。洗えばいいだけのことだ」
「血は落ちにくいでしょう?」
「別に私が洗うわけではないから、知ったことではない」
首を竦めて博士が答える。
そもそも、博士は洗い物など生まれてこの方、一度もしたことはない。
落ちない汚れなら、捨てて新しいものを買えば良い。
代えがあるものならば、そうした方が効率が良い。
代えの無いものならばそうはいかない。例えば眼球もそうだ。代えのないもの、代わりのないもの。代わりがないからこそ、それは得がたいものとなるだ。それを損なわせるということは償いようのない大罪と等しい。
女との距離は僅かだ。一歩前に踏み出し、手を伸ばせば届く距離。
だが、博士は歩み寄ろうとしない。
まるで線を引いたかのようにそれ以上、一歩も進もうとしない。
けして、踏み込んではいけない距離というものがある。それを侵せば時に命を失うことになることを博士は知っていた。
博士はこの距離が目の前の相手との最良の距離だと悟っていた。これ以上でもこれ以下でもなく、この位置が最良であると。
クスクスと声が漏れた。女が口元を手の平で隠して笑っている。
そうして見る限りでは見目麗しい人の女に見えなくもない。
博士はポケットに両手を突っ込んだまま、じっと女を見つめる。
その視線に気付いたのか、女は笑いを引っ込めて再び目線を重ねた。
「綺麗な目だな」
片方だけ覗く、女の金の瞳を見つめて言う。
熱を帯びた視線。
微かに紅潮した頬が、博士の人形じみた容貌に命を吹き込んでいる。
「だが、深くはない」
ふいに、逸らされた眼差し。落胆がわずかに滲んでいることに女は気付けたのか。
女は眉を顰める。言っていることが理解できないのだろう。
女が不可解に思っていることを知りながら、博士はそのことを詳しく話すつもりはなかった。
表情を一辺させると、博士は微笑んだ。
「ところで、こんな薄汚い場所で何をしているのだ? まさか、ここで暮らしているとか言うわけではあるまい。こんなゴミ溜めのような場所を住処として選ぶなど正気の沙汰(さた)ではあるまいな。いや、人には人それぞれの好みというものがある。別に君がここで暮らしていようとも私になんら関わりがあるわけではないが、不衛生かつ治安も宜しいとは言いにくい。僅かながらの平穏な時を望むならば、ここではなく、せめて表通りの方を選ぶ事をお薦めする」
息継ぎなしに饒舌(じょうぜつ)が吐かれる。静寂を裂く言葉の列は路地に響く。
余韻が静かに響き渡った。
女は大きく目を見張った。
そして、その言葉の意味を理解すると、再び声を立てて笑った。
「人を待っているだけよ」
「男だな」
間を置かず即答する。
確信を込められた言葉に女は頷いた。博士は大仰に首を振って、
「全く、男というのはなぜこうも人を待たせるのが好きなのか。時間通りに来た試しがない」
「そうね。一体いつまで待たせるつもりなのかしら」
その視線は閉ざされた戸に注がれる。薄汚い戸に逆三角形が描かれている。一部の人間にはこのマークでこの店が何を提供するところなのか知ることが出来る。
女の連れはこの中にいた。ここで待っていろとだけ告げてさっさと戸の向こう側に消えた男。
あれから、どのくらい経ったのか。最初は住処に置いて行こうとした男に反発して無理やり付いて行ったのだが。結局は外で待たされることになっている。そう思えば、ふつふつと怒りが湧いて来る。
「待てって言えばそれで良いと思っているのかしら」
「待ているのではなく、待っていてやっているのだと、いつになったら気付くのやら」
呆れ声が重なる。
二人は同時に笑みを浮かべた。
博士にしてみても、女にしてみても、こうして顔を合わせて笑い会えるような人物は滅多にいない。それを考えると何とも不思議な気分になってくる。
「貴方、変ね」
女は口元を歪めた。
「私を見てなんとも思わない?」
明らかに人ならざるものの気配を纏っているというのに。博士の態度はそれに気付いていないかのようだった。
そんな女の声に出さない呟きを読み取ったのか。
博士は唇の乾きを潤すように、舐め上げると、
「人生経験が豊富だとは思えないな」
見当違いの答えを返す。
鳶色の双眸が女の顔に注がれる。
「折角の綺麗な瞳なのに、中身がまだない」
そっと、撫でるように指先を宙に躍らせる。触れているのは空気だというのに、その肌の表面を撫でられているような気になるのはなぜか。
女の顔から笑みが消える。
博士は伸ばした手で円を描く。小さな円。大きな円。交互に作り出される円の幻影。それはまるで音のない演奏を指揮する指揮者(カンダクタ)のようで。
広げられた手の平が閉じられる。何かを掴むように。そっと優しく包むように。
腕が身体の脇に落ちる。白衣の裾が揺れる。
博士の踵(かかと)が浮いた。一歩、前へと踏み出す。線を踏み越えた。
ブーツの底が音を奏でる。
距離が近付く。二人の間の空間が埋まる。
女が肩を揺らした。そして――。
「待ち人来たりだな」
戸の向こう側から響いてくる足音。地下から階段を上って来ているのだろう。木の軋む音が微かに聞こえる。
博士は淡く微笑んで見せた。
「待つという行為は、必ず来るということを前提としている」
「…………」
「待たせるという行為は、必ず待っているということを前提としている」
「…………」
「そういう暗黙の了解が成立するのは、多少なりとも信頼関係が必要なものさ」
近付く足音。近付く博士。
僅かな距離。手を伸ばさなくても届く位置。高く足音が反響する。
揺れ動く赤く染まった裾と女の手が触れた。
血の匂いが散った。
遠ざかっていく血まみれた白衣の裾。女を通り越して博士は更に路地の向こうへと向かう。
「ねぇ」
その背に声を掛けたのは女の気まぐれか。背中に刺さる視線。
「貴方。名前は?」
黒い髪の向こうで博士が笑ったのが分かった。
足を止め、首だけが振り返る。紅く濡れたように輝きを宿す唇が闇の中に浮かぶ。
「博士(ドクター)。そう呼ばれているよ」
「……白衣を着ているから?」
からかう様な言葉に博士は更に笑みを濃くする。
肯定か否か、そこまでは判断できなかった。
「君は?」
女は僅かに逡巡の後、艶やかな笑みを浮かべて、
「テン」
短く告げた。
「テンか。覚えておこう」
ひるがえる身体。博士が二度と振り返ることはなかった。白衣がマントのように裾を広げる。
その姿は闇に飲まれていった。
それと同時に今まで固く閉ざされていた戸が開かれる。
「待たせたな」
姿を現したのは一人の男。
オリーブ色の瞳が路地の向こうを見ている女――テンを映し出す。
だが、テンは振り返るどころか返事を返すこともない。
待たされたせいで機嫌が悪いのだと判断した男は溜息を漏らす。
男は口を開き、なんとか機嫌を取ろうとしたが――吐き出しかけた言葉を飲み込ませたのは、テンの笑い声だった。
男は訝しむ。
「人間にもまだまだ面白いのがいるのね、J?」
予想に反して機嫌の良い声音。
ご機嫌に呟くテンにJと呼ばれた男は、意味が分からず黙り込むしかなかった。
 
◆◆◆◆
 
博士は狭く曲がりくねた路地を抜け、表の道へと出る。
口元を彩るのは笑み。先ほどまでの苛立ちはどこへやら、博士は見るからに上機嫌だった。
不意に、脇の道から行く先を塞ぐように現れた長身の影。
「……博士」
「ジェイソン。片付けは終わったのか?」
先ほど死体の後始末を任された男だった。言葉で返す代わりに頷いてみせる。
「なら、ラボに戻るぞ」
男――ジェイソンの脇を抜け、博士は意気揚々と歩を進める。その顔は晴れやかだ。
ジェイソンは、別れ際と違いの大きさに驚く様子さえなかった。黙ってその後に続く。
もっとも顔の大半を包帯で隠されていて、その表情を窺い知ることは出来ないため、本当はどう思っているかはわからないが。
「たまには無駄足を踏んでみるのも悪くはない」
独り言なのか、ジェイソンに聞かせているのか定かではないが、返事は期待していないのだろう。
「色も艶も悪くはないが」
つい先ほどまで対峙していた金の瞳を思い出す。
綺麗な眼球だったが、どこか作り物じみて中身がない。眼球とは持ち主の内面の鑑。
あの眼球はまだ真っ白だ。何も抱いてはいない。
テンと名乗った人ならざる女が、どのような生き方をしてきたかは知らないが、それがまだ人生と呼べるようなものではないことだけは確かだ。
だが、困難を乗り越えれば乗り越えるほど、その眼球は素晴らしいものへと変わっていく。人生を積み重ねていくたび、色を変え、質を変え、それは輝きを増した一品になるのだ。
「楽しみが一つ増えたな」
あの金の眼球がどのような生き様を宿していくのか。そのとき、それはどれ程の味となるのか。想像しただけで胸が高鳴る。
「さぁ、帰るか」
笛の音を背に、二人の影は街に消えて行った。
 
 
 

 

Plumeria様1300のキリ番を踏んじゃいましたw
このブログには未掲載ですが、鳳蝶作の『グリモワール』から主人公たちと、
鳳蝶の大好きな『M・D・R』の博士とが出会っちゃうお話がイイ(*´艸`*) と、
久渚様に無理をお願いしたところ、こんなにステキな出会いを書いてくださいましたw
ほんとに、ほんとにありがとうございます+。:.゚(*'艸'*)゚.:。+゚
博士も遊衣ちゃも、愛してますw (どさくさ)
 

Plumeria様 

 

 

 

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